京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

表出

「こんにちは、曙ちゃん」
 自分を呼ぶ声がして、あたしは振り向く。
『あれ、潮? 珍しいわね、こんなところに来るなんて』
 そこにいたのは、綾波駆逐艦10番艦、潮。あたしの優秀な妹だった。
「今後のことが決まったから、報告しに来たんだ」
 そう言って、あたしの目の前で立ったまま話を切り出す潮。
『あぁ、戦後の艦娘の待遇、やっと決まったんだ。その様子を見るに、そんなに悪い感じじゃなさそうだけど』
 前回ここに来た時に、そんな話をしていたことを思い出す。
「潮、進学することにしたんだ。学校に行って、改めて一から勉強し直すの」
 潮が、誇らしげな顔であたしに報告してくる。
『ふーん、勉強ね。真面目な潮には向いてると思うわ』
 こんな時も、思わず人を突き放したような言葉が出てしまう。こういうのは死んでも治らない部類のものらしい。
「艦娘って一応兵器らしいし、普通の生活をするには難しかったんだけど、終戦の英雄たる艦娘たちに報酬がなくてどうする、って提督達が色々頑張ってくれたみたい」
 その言葉に、あたしは目を丸くする。
『あの普段は仕事をサボってばかりのクソ提督が? 殊勝なことね。明日は雹でも降るのかしら?』
 こればかりは一切の嘘偽りない本心だ。あのクソ提督が頑張った、ね。
「潮以外だと、長門さんは警察に就職、酒匂さんは教師を目指すって言ってた。響ちゃんは軍にそのまま残って、雪風ちゃんは提督と一緒にしばらく日本各地を旅行するんだって」
 
長門さんと響はイメージ通りって感じね。酒匂さんもそんなに違和感ないかも。雪風は旅行はともかくクソ提督なんかと一緒でいいのかしら?』
 皆、自分の道を歩んでいる。その事が分かって、言葉とは裏腹に安心している自分がいた。その事実さえあれば、あたしは十分報われたと言える。
「あのね、曙ちゃん。潮、頑張るから。自分に自信を持って、これから一歩一歩進んでいくから」
 そう告げる潮の目は、厳密にはあたしの方を向いていない。ここに来てから、ずっとそうだ。
『……』
 それは、決して潮の非ではない。いかな超常的な力を持つ艦娘と言えど、死者であるあたしを見ることなど不可能だから。
「だから曙ちゃん、これからも応援、お願いね」
 それなのに、あたしにお願いをするその瞬間だけは、確かに潮とあたしの目が合った。少なくともあたしにはそう思えた。
『うん、あたしは、潮のこと、ずっと応援してる』
 それだけで、もう十分だった。
「今日は時間がなくて会いに行けなかったけど、朧ちゃんと漣ちゃんにもよろしく言っておいてくれると、嬉しいな」
 潮には聞こえないことを承知で、それでもあたしは返事をする。
『……分かった。確かに二人にも伝えておくから』
 きっと何か、言葉ではなく、伝わるものがあると信じて。
「それじゃあ、またね、曙ちゃん」
 そして、あたしの墓石に向かって律儀に手を振って去る妹の背中を見ながら、祈るのだ。
『またね、潮』
 願わくは、私の素晴らしき妹の未来にこれからも幸多からんことを、と。

 

 

(文:多々良マワリ/真実は行間にあり)