京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

奇縁良縁、風の初め

前の記事

kukancolle.hatenablog.com


 

 二人して慰霊碑に手を合わせ、黙祷する。予想通り、奇妙な感情が芽生えて来る。
 彼らの筆舌に尽くし難く、ここに記すのも烏滸がましい凄絶な体験が無ければ、私はここにいなかったろう。しかし、これはあの戦いが多くの人の出会いを変えたからこそ私が生まれることになったとかいう、箪笥の奥で皺くちゃになった家系図の話ではない。

 鉄底海峡が無ければ、深海棲艦は生まれなかっただろう。ソロモンの死闘が無ければ、隣にしゃがみ込んでいる女性は艦娘にはならなかっただろう。私、そして彼女はそれぞれの居場所で、その真偽を時々疑いながらも平和を謳歌し、互いに出会うことは無かったかもしれない。仮に出会っていたとしても、眼前の碑に記された軍艦の名前を承け、その記憶を借りて戦った少女と、そういった者たちを指揮した上官という、それまでの常識では考えられないような関係ではまず無かったであろうし、ましてその中で互いに世話を焼き合って「強い絆」を結ぶに至るなど、誰が想像できるだろうか。

 しかし、その不可思議な運命が延ばした舫に、彼女共々見事絡めとられてしまったというのが現実なのだ。奇縁転じて良縁となり、私の日常は彼女と共にある。御国の為、報国の為というのは未来に生きる人々の縁と生活を守るというのも含んでいたであろうが、まさかこんな形で達しようとは彼らにとって思いもよらぬことであったろうし、卑近で、しかし最も尊いものを貰った私にはその恩が、鋼のような確かさと、ふわふわとした、初まり知れぬ風のような不思議さとをもって感じられる。無論私たちの側、特に細君の方は、この運命を呪いたくなるような出来事を戦いの中で幾度となく経験したのも事実だが——


「そろそろ、行こっか」
 一緒に来ていた女性——「初風」が、ようやく目を開いた私に話しかけてくる。
「な、何よ」
 じりじりっと少しだけ後ずさり、困惑した声で私の視線に応えた。先程の巡り巡る考えのまま、気付かないうちに眺めてしまっていたようだ。素早く思考を中断して、いつもの調子に戻す。
「いや、見てるだけ。いけないのか?」
「もう、それはやめてよ」
「良いじゃないか、ちょっと前まで口癖だったんだし。それに、昔を思い出すだろ」
「何よその理屈」
「こういう時でもないとな」
「もう……」


 園全体に向かってもう一度手を合わせ、外へ出た。春の朝日に照らされながら、二人して宿まで歩く。少し厚着しすぎたかもしれないと思いつつ、次の予定について切り出した。
「どうする?呉にあと1日くらいは居たいか?」
「ううん、お陰様で満喫できた。次のとこ、行きたい」
「そうか。じゃあ朝飯食べてから、荷物持って出ないとな。行き先は……昼どこかで食べながら話そうか」
「そうね、うん。……ありがと」
 言い終えるが早いか、へぷしっ、とくしゃみ。今年も花粉は容赦が無いようだ。


 戦いと、長い長いその後始末から解放されたのち、「初風」は旅がしたいと突然言ってきた。行き先は特に決めていないが、色々なところを見てみたいらしい。
 無理もない。たまに休暇が貰えるとはいえ、彼女は基本的に鎮守府とその周りに缶詰めで過ごしてきたのだ。その期間、任務と引き換えにやり残したことはあまりにも多い。であれば、今までこき使ってしまっていた自分がその補償をするのが筋だ、そう思った。まあ、自分が行きたいところばかりを提案して連れ回している、そのような感も無いわけではないが……。
 ともあれ、基本的には彼女の「自分探し」になりそうな、それでいて食事や観光の楽しみもあるような、そんな場所を選んでいる。今回の碑も——行ったことが無いというのは意外だったが——その一環で。


「次は京都なんて、どうかな。ベタだから今まで避けてたけど、そのあと舞鶴にも行きやすいし」
「うん、良いと思う」
 帽子にふわりと抑えられた綺麗な髪越しに、口角が少しだけ上がるのを横目で確認。よし、いけそうだ。庭とまではいかないが、自分は何かと京都に縁が多い。いかにもな観光名所や寺社だけでなく、博物館に自然に喫茶にラーメン、共に行きたい場所は山ほどある。

 しかしそんな土地に彼女は、自身の風の初まりを見つけてくれるだろうか——。いや無くとも、二人で作っていけばいい。朝から歩き回ったにしては未だ軽い彼女の足取りも、そう言っている気がした。

 

(文:末裔(@b_y_d__))

 


次の記事

kukancolle.hatenablog.com