京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

夜勤記録【2月13日夜】

 2月の夜勤担当割りが発表された。私の担当は13日深夜から14日朝,相方は霧島さん! あの霧島さんと一緒というのは嬉しいのだけれど問題は日付。2月13日は鎮守府でもとても大切な日で───

 

***

 

朝雲姉どうしちゃったの? そんなにため息ついてー」

山雲……は夜勤担当じゃないから見てないのね。実は私,13日の夜勤引いちゃって……」

「ああー朝雲姉,大好きだもんね」

「な,何いってんのよ!?」

「あらあら~何も言ってませんよー。それで夜勤はー誰となのー?」

「霧島さん」

「よかったじゃな~い」

 でもやっぱり13日はねと口にしたところで鳳翔さんが通りかかった。

「あら朝雲さん山雲さんこんにちは」

「こんにちは!」「こんにちは~」

 鳳翔さんは私を見てにっこりしてこう言ったの。

朝雲さん、13日担当がんばってね。ところで13日だけど、いつもはキッチンは早い者勝ちだったでしょ? やっぱりそれじゃ喧嘩になっちゃいそうだから今年は事前予約制にするつもりなのよね」

 

 2月13日自体はそれほど大した日にちじゃない。2月14日の前日であること,それが重要なの。普段は22時には消灯になる。それ以降は基本的に騒いだらダメ。どこぞの軽巡がいっつも注意されているわね。

 でも,13日だけはトクベツ。夜勤担当もこの日だけは目をつむる。だってバレンタインのためにお菓子を作らないといけないでしょ? バレンタインデーには,私は山雲とクッキーを焼いてみんなに配っていた。もちろん今年もクッキーは用意するつもりだった。いつもと変えるつもりだったのは,その,提督にプレゼントするぶんを作ろうと思っていたこと。

 共用キッチンに加えて鳳翔さんがご飯を作るときのキッチンも解放されるけれども,やっぱり充分とは言えない。結構凝ったお菓子を作る娘は多い。例えば去年は大井さんが……

「あっ,大井さん……に北上さん! こんにちは!」

「あら朝雲ちゃん」

「んーやっほー」

 私は恐る恐る聞いてみた。だって鳳翔さんは予約制にするって言ったけど、当日何が起きるか分からないじゃない?

「大井さんは今年のバレンタインどうするんですか?」

「今年は12日の夜から3日間遠征なの……でも大丈夫! 北上さんと一緒に行くの!」

「大井っち!そんなに強く掴まないで!痛いよ〜」

 なるほど。道理で夜勤が北上さんじゃないわけだ。去年の13日の担当は北上さんだった。まず北上さんはお菓子を作らないから、提督も気にせず入れられたのかな。でも今年は───

「どうしたの? 悩み事?」

「あ,いえ! 大丈夫です! それでは!」

 去年北上さんのために巨大な北上さんケーキを作った大井さんは,なんと5時間もキッチンを独占したの。するとやっぱり妥当……よね。去年「来年は等身大」って言っていた気がするわ……。

 夜勤となると他の娘とはスケージュールが変わる。最たるものは半ば強制的に組まれるお昼の仮眠時間ね。ちょうど今日の担当の長門さんと鈴谷さんが仮眠室に入っているわ。

「今年はこの長門もバレンタインデーのお菓子を作ろうと思うのだ」

「オーブンを力強く締めすぎては壊しちゃうのはやめてよぉー!」

 仮眠の時間は15時から20時まで。夜のお仕事は21時には始まるから,そうなると1時間でやらないといけない。クッキーのほうは最悪山雲に任せるとして,私の作るぶんは……うーんそんなに難しいものはできそうにない。小さめのチョコカップケーキとかだったら何とかなるかしら。

 

***

 

朝雲姉ーまだー?」

「待って今行くから!」

 今日は山雲と買い出しをする日。結局私はチョコカップケーキを作ることにした。山雲の「チョコチップクッキーにしたら材料が余ることがなさそうねー」という言葉に甘えることにしたの。最近鎮守府の近くにできた「業務用スーパー」に行ってみることにした。思ったよりも広い。もう,山雲変なところ行かないで!

 やっとのことでお菓子のコーナーについた。なになに? バレンタイン・フェア? え,ちょっと種類多くない?

「チョコレートはどれがいいのかしら。山雲,どう?」

「うーん。多くてわかんない~」

「あら。どのようなものを作られるのですか?」

「えーと,チョコチップクッキーとチョコのカップケーキを……わっ神通さん!」

「ふふ。こんにちは」

「那珂ちゃんもいるよー!」

 川内三姉妹とばったり出くわした。神通さんはお菓子が作れるイメージがある。よし!聞いちゃおう!

「神通さん何かオススメのチョコレートありますか? あれ? 川内さんはいないんですね」

「川内姉さんはお昼寝をしています」

「あらー」

朝雲さんも山雲さんも今年のバレンタインは安心してくださいね。川内姉さんは北上さんたちと一緒に遠征です。きっと夜戦で大活躍してくれるのでしょう」

「ああ……」

 川内さんも去年の「戦犯」だったわね。あくまでもお菓子作りとはいえ、みんな起きていたから、ね。提督,去年結構な娘に文句を言われたんじゃないかしら……。

「それでチョコレートでしたね。そうですね……」

 

 それでアドバイスを受けながらいろいろ買ったけど,私って案外チョコレートのこと知らなかったみたい。まず板チョコで作るのはオススメじゃないらし。そのまま美味しく食べられるチョコだから,溶かしてお菓子作りするには余分なものが多いらしいわ。山雲はというとチョコチップをもぐもぐと……ってえぇ!?

山雲食べちゃダメでしょ! これ使うんだから!」

「これはーおやつ用の予備なのーだからー大丈夫~」

「もうびっくりさせないでよね。私にもちょうだい」

「はいどうぞー」

 山雲からもらった製菓用のチョコレートは,案外板チョコみたいなお菓子と違ってということもなく,単体で美味しいものだった。チョコって奥深いわ。来年に備えて勉強してみようかしら。ぽりぽり。うん、進むわ。

「もう朝雲姉食べすぎー」

 あっ山雲ごめん!

 

***

 

「今日はよろしくね!朝雲ちゃん!」

「はい!私こそ勉強させていただきます!」

 待ちに待ったわけじゃないけど,13日が来ちゃった。ちゃんと20時からの1時間にキッチンの予約を取ったし,クッキーは私が寝ている間に山雲が作ることになっている。もちろん生地作りは私もちゃんとやったからね?

「霧島さんはバレンタインのプレゼント用意したんですか?」

「今年は金剛型でちょっとお高いチョコレートを買ったのよ。去年はどこぞの誰かさんがバーニング・ラブしてすごいことになっちゃったからね?」

 霧島さんのところも大変そうだ。でも,やれやれと困ったふうな顔をしていても,なんだか嬉しそう。金剛4姉妹は本当に仲良しで羨ましい。いや山雲と仲が悪いわけじゃないわよ。私ももっとたくさん姉妹がほしいなって。

 

「良く寝たわ。さてと」

 20時になってキッチンに向かうと……なにやら騒がしい。

「あっ! 朝雲姉~!」

 山雲は涙目。もしかしてクッキーを焦がしちゃったのかな?

「どうしたのよ。ねえこれ何?」

長門さんがオーブンを壊しっちゃったみたいなの~」

 え?

 作る以前の問題だったらしい。私たちが予約していたキッチンのオーブンは長門さんによって破壊されたそう。明石さんが修理を試みているらしい。とりあえずオーブンは2つ残っているけど,どっちもフル稼働中みたいで私の入る余地はなさそう。え,どうしよう。ダメじゃん。なんで? いや「なんで?」ではない。どうしたらいいの?

「ねーえー朝雲姉ー!」

「あっごめん山雲。聞いてなかったわ」

「ケーキ,私が後で作っておくー?」

「そんな───」

 そんなに意味がないじゃないと言いかけた。それも半ば怒鳴るように。山雲は申し訳なさそうな顔をしていて,全く悪くないのに。それなのに私が声を荒げて,いや山雲にあたるのはおかしい。

「そのごめんね。ちょっと動揺しちゃって。ケーキはやっぱり自分で作らなきゃ意味がないと思うの。だからその今年はあきらめる。ううん。明日作ればいいのよ。渡すのが15日でもいいわ」

朝雲姉……」

山雲はクッキーのほうをちゃんと作ってね。お願い」

「うん……」

 

「さ,お仕事しましょうか!」

 霧島さんは私を中途半端に慰めることはしなかった。むしろそのほうがありがたい。きっちりと仕事モードに切り替えなきゃいけない。書類仕事もあるし、念のために敵襲に備えなきゃいけない。「念のため」と言ったように、今は本当に平和な時期だ。実際のところ夜に敵が攻めてくることもない。そもそも平和じゃなかったら消灯後にお菓子作りなんて絶対に許されない。

「でも『もしも』があったら怖いのよね」

 霧島さんはそう言いながら遠征組からの報告を聞いていた。川内さんはガッツリとした夜戦をしたかったみたいだけど,あいにくみたい。

『フタサンマルマル。こちら北上,夜の偵察を終了します。ほーら川内いくよー』

「お疲れ様です」

『え,大井っち? これなに? チョコレート?』

 どうやらあちらはあちらでバレンタインデーを楽しんでいるみたい。

 

「マルヨンマルマル。異常なし」

朝雲ちゃん。ちょっと寒くなるかもだけど窓開けていいかしら?」

「え? あ,いいですよ」

 窓を開けた途端外から冷気が流れ込む。

「この凛とした感じ……」

「朝の日が昇る前のキリっとした雰囲気,好きなのよね。朝雲ちゃんはどう?」

「私は───」

 嫌いじゃない。けど───

「怖いんです。なんというか言葉にできない……深く記憶の奥底に刻まれている『死の恐怖』みたいなものを感じるんです」

 霧島さんは私のほうをじっと見て,ただただ聞いている。

「朝方のひんやりとした,その凛とした空気に刺される瞬間,何でしょうか,燃え盛る何かが真横を通り過ぎていく感覚があるんです。別に死にそうになったことはないのに……不思議ですよね。『朝』雲なのに」

「そうねぇ……でも同じようなことを他の娘からも聞いたことがあるわ。死んだことがないのに死んだことがあるような気がするって」

 私たち艦娘って不思議よね。そうつぶやいたように見えた。

「これがつかの間の平和だったりもしかしたら幻の類であったりするのかもしれないですけど,私はそれでも今の幸せを楽しむべきなのかなって思うんですよね。山雲と……霧島さんに長門さんや北上さん」

「それに提督も,ね。だからこそ今日はバレンタインデーを楽しみたいわね!」

「うう……チョコレート……」

 幻に消え去りそうなチョコカップケーキに思いを馳せていたら,コンコンコンとドアを叩く音がした。

「はい」

 入ってきたのは───

「や,山雲!? どうして?」

 入ってきた山雲は普段と違う髪型で,そうかクッキーを作っていたから───

「あさぐ……や,山雲ー。いや,山雲! どうしてここにいるのー,いるの!」

「何言ってんのよ山雲

「あら朝雲ちゃん・・・・・じゃない」

「き,霧島さん?」

「今日の夜勤はー山雲じゃなくて朝雲でしょー,でしょ! だから山雲はキッチンに行ってー行きなさい!」

「そうね。山雲ちゃん・・・・・,行ってらっしゃい」

 あ,そっか。山雲の髪型はいつもの私の髪型・・・・・・・・なんだ。そっかぁ。わざわざ私の髪型にしてまで代わりに来てくれたんだ。そんな山雲の気持ちが嬉しくて嬉しくて涙が出そうになっちゃう。

「そうだった,わー。それじゃあやま……朝雲姉ー頑張ってねぇー! 霧島さんもお願いしまーす」

 私は髪をほどいて山雲風に結びなおして執務室を出た。駆け足でキッチンに向かう。急がなきゃ。6時には戻っておくとして猶予はだいたい2時間。それなら充分すぎる。

 まずはバターとチョコレートを溶かして,そうだオーブンを温めないと。長門さんが壊したオーブンは明石さんの手によって見事に修復されていた。どんな魔法を使ったのかしら。卵を割って溶いて,溶かしたチョコとバターを加えて……あっマフィンカップを用意しなきゃ。あとは薄力粉薄力粉。オーブンは温まったかしら。よし焼こう!

 

 綺麗にラッピングもできて今は5時半。なんとか間に合ったわ。

「霧島さん! 山雲! おまたせ!」

「おはよう朝雲

朝雲姉ーごめーん」

朝雲ちゃんごめんなさいね」

 そこにいたのは正座している霧島と山雲,そして仁王立ちしている提督。あ……やっちゃった……。

「提督,あの……その……ごめんなさいっ!」

「夜勤は重要だということは朝雲もわかるよな?」

「はい……」

 返す言葉もない。

「これはどう責任を取ってもらおうか……そうだな……罰金いや罰チョコレートかな。その後ろに隠しているものは何かな?」

「えっ!?」

「ねえ提督ー足がしびれそうだからーもうやめていいー?」

 え?

 顔を上げた。提督と目が合う。提督はすっごい笑顔だ。よく見ると霧島さんも今にも笑い出しそう。

「え,あ。もう! チョコなんて用意してないわよ! 何いってんの? こ、これも別に違うんだからね! もう!」

 

 

 

 

あとがき

リレーSS発起人のCuです。言い出しっぺなので書きました。初SSでお見苦しい点もあったかもしれません。

朝雲改二はいつ来るのでしょうか。楽しみですね。