京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

艦娘怪奇小噺〈光〉

「時雨ー、なんか怖い話ない?」

 八月も終わりに差し掛かった、蒸し暑い夜のことだった。食堂から寮に戻る途中で出会った同僚、長波は開口一番にそう訪ねてきた。

「怖い話、かい? また急にどうしたのさ」

「おー、こいつらがどうしても聞きたいって言ってきてな」

 長波が振り返ると、後ろには長波より頭一つは背の低い少女が二人いた。

佐渡ちゃん、本当にやるの……?」

「当たり前じゃねえか、まつ。ここまで来て引くってのはナシだぜ?」

 松輪と佐渡、二人の海防艦娘は、見た目相応に精神的にも幼いところがある。佐渡のわがままに松輪が振り回され、そして道中で長波も巻き込まれたといったところだろうか。

 そんな二人のやり取りを眺めていると、長波がこちらに近づいてくる。

「で、どうよ。いい話、ある?」

 長波の耳打ちに、こちらも小声で答える。

「あるにはあるけど、過度な期待はしないでね」

「おう、任せた」

 しっかりと確認にくるあたり、長波はよく気が利いている。その長波はというと、松輪と佐渡に何やら話しかけ、こちらに連れてくる。どうやら年少者二人の引率までしてくれるらしい。こちらとしてはありがたい限りだ。

「それじゃ、まずは座れる場所に行こうか」

「そら、時雨先生が案内してくれるとさ。しっかりついてこいよ」

 はーい、と二人が返事をする。先生、と呼ばれるのは何だかくすぐったい。

 三人を敷地の外れにある東屋まで連れて行く。ここなら適度に薄暗く、雰囲気も出るだろう。向かい合った二つのベンチの片方に僕が、もう片方に他の三人が腰かける。

 三人の顔をそれぞれ見る。佐渡と長波は期待を、松輪は怯えをそれぞれ表情に宿している。松輪のことがやや不安だったが、どうやら聞く姿勢ではありそうだ。それを確認してから、僕は話し始める。

「さて、これは以前、ある艦娘が船団護衛を終えて、鎮守府に帰投していた時の話なんだけどね……」

 

 

 その艦娘は着任して半年で、近海の哨戒や船団護衛を主な任務にしていた駆逐艦だったんだ。前線にこそ出たことはなかったけど、出撃の回数はかなり多くて、所属する鎮守府の中でもかなりのベテランと言われていた。

 さて、その艦娘、仮にAとしようか。Aはその日も船団護衛を終えて、鎮守府に帰投する途中だった。時刻はヒトヒトマルマル、草木も眠る丑三つ時だった。海の上だから草木なんてないんだけどね。

 夜間航行では月明りや星明りが大事、っていうのは言うまでもないと思うけど、その日は残念ながら曇りだった。さらに悪いことに、日付が変わるころにその海域では雨が降るという予報が出ていたんだ。

 航行中の雨、というのはとても嫌なもので、まず雨粒が体に当たると痛い。それに濡れた制服は重くて不快だし、放っておくと体が冷える。酷い雨だと視界も悪くなるし、通信だって乱れる。だからAの艦隊の旗艦だった軽巡洋艦Bは、そんな雨に降られるのを嫌って、普段より速い速度で航行してその海域を抜けようとしていた。

 ただ、天気はAたちに味方しなかった。予報より一時間も早く降り始めた雨はすぐに目も開けられなくなるくらいの土砂降りになって、隊列の最後尾にいたAは、その雨のせいで艦隊を見失ってしまったんだ。

 自分が遭難したことを自覚すると、Aはまず航行速度を落とした。目印が少ない海上で下手に動いて、合流が難しくなることを恐れたんだ。そして、雨が弱まった隙に、Bに遭難したことを無線で連絡しようとした。幸い無線は繋がって、今来た航路を戻る旨がノイズ混じりに聞こえてきた。

 こうなると、Aにできることはもうない。深海棲艦から捕捉されないように灯りを消し、できるだけその場から動かないようじっとしていた。晴れていれば空の星でも眺めて時間を潰せたんだろうけど、生憎の雨と曇り空でそれもできなかった。

 どれくらいの時間が経っただろうか。いつの間にか、雨は止んでいた。Aは、左前方、北西の方角に光があるのを見つけたんだ。ああ、やっと迎えが来たんだと、Aは光の方角へ進み始めた。

 ……ここで、Aはひとつ大きなミスをしたんだ。Aはその光が救助に来た本隊のものだと早合点して、通信で確認を入れるのを忘れてしまったんだ。普段の彼女なら絶対にそんなミスはしなかっただろう。しかし、雨で冷えた体と、単騎で敵を警戒しなければいけないストレス、暗い中で一人で待っていた心細さと、助けが来た安堵。そういったものが合わさって、彼女の判断力を鈍らせてしまったんだ。

 そうやって光の方へ進んでいたAは、何かがおかしいことに気づいた。光との距離が、一向に縮まらない。不審に思ったAは、そこでようやくBに無線を入れたんだ。

 

「こちらAより旗艦B。光を点けておきながら逃げるとはどういう了見だい。お尻を振って誘うのは意中の相手だけにしてほしいんだけど?」

『こちら旗艦Bより親愛なる迷子のA。泣き疲れて居眠りでもしましたか? 我々は現在無灯火航行中で合流ポイントまであと三分はかかる見込みです』

「こちらAより旗艦B。それなら今目の前に見えている光は―――」

 

 何だい、と言う直前に、Aは光に変化が起きていることに気づいた。通信を始めるまでずっと同じ明るさだった光が、規則的に明滅するようになっていたんだ。Aそれがモールス信号だとすぐに気づいた。内容はこうだ。

 

……〈ロ〉〈ニ〉〈ケ〉〈゛〉〈ロ〉〈ニ〉〈ケ〉〈゛〉〈ロ〉……

 

 ニゲロ、逃げろ。そのメッセージを見て、Aはすぐさま反転して、光を背にして全速で逃げた。直後にソナーが複数の反応、深海棲艦の放った魚雷を捉えた。右後方、西南西の方角から来た魚雷はAのすぐ後方を通り過ぎていく。あのまま直進していれば直撃コースだっただろう。背筋が冷える思いをしながら、ジグザグの航路をとりつつ照明弾を打ち上げる。

 

「こちらAより旗艦B 緊急だ! 深海棲艦と接敵、数は……推定巡洋艦2駆逐艦4 場所は照明弾の打ち上げ地点より西南西方向!」

「旗艦B了解です。こちらも照明弾を確認しました。探照灯を点けるのでそれを目印に合流を急いでください」

 

 通信の直後に、左手側、北東方面から強烈な光が見えた。今度こそ本隊の探照灯だった。Aはその方角に全速力で向かった……。

 

 

「……こうしてAは無事に艦隊に合流し、窮地を脱しましたとさ」

 めでたしめでたし、と話を締めくくる。意外と熱が入ってしまい、後半は聞き手の反応をうかがうのも忘れて喋りに集中してしまっていた。

 その聞き手は、と視線を向けると、年少の二人組は長波に抱き着いて震えており、その長波は何とも言えない表情をしていた。

「時雨さあ、もうちょっとこう、手加減って奴をだな……」

 そんなに怖く感じたのだろうか。内容はそうでもなかったと思うんだけど、話し方がまずかったかな?

「いや、そうじゃなくてだな……。そもそも、これ時雨の実体験だろ?」

「うん、そうだよ。作り話ってあんまり得意じゃないし」

 名前を伏せたほうがそれっぽくなるかなと思って言わなかったが、これは僕の実体験を基にした話だ。駆逐艦Aが僕で、旗艦Bは……想像にお任せ、ということで。

「そういう訳だから、二人も雨には気を付けてね? あと、緊急の時ほど慌てない、いざという時ほど報連相を忘れないように。そうしないと、この話の僕みたいに危ない目に遭うかもね?」

 片目を瞑りながら言うと、二人は顔を青くしながら何度もすごい勢いで首を縦に振った。うーん、ちょっと脅しすぎたかな。反省。

 東屋から帰る途中、松輪ちゃんから声を掛けられる。ちなみに佐渡ちゃんは顔を青くしたまま長波にずっとくっついている。

「あの……時雨先生、ちょっといいですか?」

「先生って呼び方はちょっと勘弁してほしいかな。それで、何だい?」

「えっと、さっきの話についてなんですけど……。時雨、さんが最初に見た光って、けっきょく何だったんですか……?」

 なるほど、そのことか。彼女の知的好奇心に敬意を表して、こちらもできるだけ簡潔に答える。

「さあ? 一体、あれはなんだったんだろうね」

 その回答が予想外だったのか、松輪ちゃんは目を丸くする。

「時雨さんにも、分からないんですか……?」

「うん。話の中でも言ったけど、本隊は無灯火航行中だったし、その時にいた方角とも違うから除外。じゃあ深海棲艦か、と思うけど、それなら逃げろなんてモールス信号を送ってくる意味が分からないし、方角も違う。なら僕らと無関係の第三者だろうけど、船舶は近くにいなかったのを戦闘の後に確認しているし、ありえないと思うけど艦娘ならまず通信を入れてくるはず。それはなかったし、戦闘にも関わってこなかったからこれも違う。そもそも、あの時は僕も無灯火だったはずだから、真っ暗な中で僕と深海棲艦を識別して、僕にだけメッセージを送ってきた、ってことになる」

 まるで正体不明、お手上げさ。両手を上げる仕草をしながらそう締めくくる。松輪ちゃんは、僕の話を必死に噛み砕いているようだった。その様子を見ながら、僕は一言付け加える。

「自分で言うのもなんだけど、僕ら艦娘だってかなり不思議な存在だし、世の中には知らないだけで、案外そういう不思議なものがたくさんあったりするのかも、ね」

 視界の端で、何かが光った気がした。そちらを見ても、真っ暗な夜の海が広がっているだけで、光源になりそうなものは何も無い。

 案外ただの見間違いだったりして、と思いこそすれ口には出さず、先に戻った三人を追いかけて、明るい本棟に戻るのだった。

 

 

 

 

(文:多々良マワリ)

 

 

 

 

あとがき

 初めましての方は初めまして。多々良マワリです。ここまでお読みいただきありがとうございます。

 今回はリレーSS企画ということで、またまた小説を書かせていただきました。時雨の語る怪談とは一体。季節外れなお話になってしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。

 京艦同ブログに拙作を掲載させていただくのもこれで3回目になります。合ってるよね? 今回はイベント攻略が沼らなかったおかげでちゃんと締切を守れそうでホッとしています。

 毎度の宣伝ですが、同名でpixivに作品を投稿しています。よろしければそちらも是非。ぜんぜん更新してないけど。

 それでは、私はこのあたりで。次回以降の作品もお楽しみに。