京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

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 Ocean color 

真太郎 

 
 ――。 
 ――――。 
 「――ちゃん、起きてっ」 
 ――声が、聞こえた。その声で、目が覚めた。 
 夢を、見ていたような気がする。でも、どんな夢を見ていたのか思い出せない。 
 思い出せないならいい。私は夢について考えることをやめた。 
 「――ちゃんやっとおきた、おはよ」 
 「遅いお目覚めじゃない。よく眠れたかしら?」 
 二人が同時に私に話しかけてきた。まだ頭が覚め切ってないのだろう、少しぼうっと聞こえる。 
 大丈夫。よく眠れたから。 
 「よかった、ちょっとうなされてたみたいだったから」 
 そう、でも私は何も覚えてないの。 
 「覚えてないものを追求しないの、睦月ちゃん。――ちゃん困ってるじゃない」 
 困ってないよ。大丈夫。 
 睦月ちゃんの心配そうな顔、・・ちゃんの微笑。 
 ベッドから体を起こす。 
 睦月ちゃんが朝ご飯を作っている。手伝わないと。 
 「あら、まだ寝ててもいいのに」 
 大丈夫だよ、と私は笑いかけた。 
 三人で力を合わせて生きていくって決めたもの。 
 「もう、しょーがないなあ。じゃ、ほら、手伝って。睦月一人じゃちょっと面倒だったし」 
 うん。 
 
  
 私たちは、深海棲艦に負けた。 
 沈めても沈めても湧いてくる化け物相手。私たちが造られてすぐの間は優勢だった。 
 でも気づいたら、奴らは私たちの守れないところを侵食していって。 
 私たちが司令官の命令でヨーロッパを守っている間、奴らは南アメリカを、北アメリカを落としていた。 
 奴らは日本とオーストラリア、アフリカを同時に攻めてきた。私たちは日本しか守れず、他を放棄した。 
 そんな戦いしか、できなかった。 
 気づけば、日本以外は完全に侵食されていた。 
 奴らは、そんな私たちをあざ笑うように。小さい島しか守れない私たちを馬鹿にするように、侵食を続けた。 
 私たちの守ったヨーロッパも落とされ。アジアも奪われてしまった。 
 そんな状況になっても、私たちは取り返す事を命じられなかった。 
 司令官は、いや、その上の人たちは、自分の国さえ守れればいい、という考えだったから。 
 結果として、日本も守れなかったけれど。 
  
 奴らが浸食した土地がどうなったか。 
 まず最初に異変が起こったのは、アメリカだった。 
 アジアが落とされたころ、長門さんがこんなことを言っていた。 
 アメリカ大陸が、小さくなっている、と。気になった私は、長門さんに連れられて、確認しに行った。もちろん、奴らに見つからないように。 
 果たして、それは事実だった。以前、一度だけ見た海岸線は後退しているように感じられた。 
 長門さんが飛ばした索敵機。その映像を見ても明らかだった。 
 アメリカ大陸が狭くなっている。 
 いや、 違う。
 海が広くなっている。 
 しばらくして、他の大陸も同じように海に沈んでいった。 
 私たちには、何もできなかった。 
 今まで生物が生きていた大地が沈んでいく様子を、私たちは見ていることしかできなかった。 
 私たちが、守れなかった大地。 
 奴らに奪われた大地。 
 そして、近い未来に、日本もこうなってしまうのだろうと確信した。 
  
 私たちは、深海棲艦に負けた。 
 もはや無限といっていい数の化け物が、日本を襲ってきたから。 
 日本を守り切ることが、できなかった。 
 司令官は、死んだ。 
 長門さんは、沈んだ。 
 沈んでない子を探したほうが、早かった。 
 私が見つけられたのは、睦月ちゃんと・・ちゃん。 
 私は生き延びてしまったけれど。たくさん、たくさん、たくさん、たくさん、私の知らないところで沈んでいた。 
  
 どうして、私は生き残ってしまったんだろう。 
 睦月ちゃんは「――ちゃんは悪くない」って言ってくれている。 
 でも、私がもっと頑張っていれば。もっと救えたかもしれないのに。 
 「後悔なんてすることないのに」って・・ちゃんは言う。 
 だけど、やめられない。悔やんでも、悔やみきれない。 
 もっと、私に力があれば。 
 深海棲艦を沈める、力があれば。 
  
 いま、私と睦月ちゃん、・・ちゃんは、まだ浸食の始まっていない島で過ごしている。 
 「食料は二人分しか要らないけど、なくならないか心配にゃし」 
 口癖のように睦月ちゃんは言う。 
 「もう、私の事忘れないで」 
 「ま、その前に海になっちゃうかな、ここも」 
 そのあと二人が同時につぶやくのも、もうお約束。 
 ここが海に染まるのも時間の問題だけど。 
 たとえ、地球がすべて海に溶けてなくなっても、二人がいれば。 
 私は―――― 
  
  
 ――目が、覚めた。夢を、見ていた。 
 「……――ちゃん?」 
 ぼんやりと、睦月ちゃんの声が聞こえた。 
 ここ最近、寝覚めが悪くなった気がする。 
 前よりも、夢も見るようになった。うすぼんやりと頭の中に残っているそれは、しかし思い出せないもので。 無理に思い出そうとすると頭が痛くなるのを感じ、考えるのをやめた。 
 「またうなされてたね、あれ以降ずっと」 
 いや。 
 やめて。 
 その話は。 
 いやだって。 
 聞きたくない。 
 「……ねえ、――ちゃん、いつまで引きずるつもりなの?」 
 私だって。 
 でも、・・ちゃんと過ごした日々は。 
 なかなか頭の中から消えてくれない。 
 「もう……。とりあえず、今日も――ちゃんはおやすみだから。そんな状態で戦場に来たら」 
 ……わかってる。 
 私なんかが戦場に出たら、迷惑。 戦えない兵士なんて、戦場にいるだけ無駄。否、いないほうがいい。
 「じゃ、行ってくる」 
 それだけ言って、彼女は部屋から出ていった。 
 私は、何もすることができない。 
 私は、守ることすらできない。
 私は、一緒にいることさえ。 
 私は――無力だ。 
  
 ・・ちゃんが、沈んだ。 
 それは、鎮守府のみんなに深い、深い心の傷を負わせた。 
 睦月ちゃんも、しばらく何もできなかった、ようだ。 
 ようだ、というのは、私はそのあたりの記憶がない。 
 思い出そうとしても、思い出せない。 
 でも、今私は何もできない。 
 戦場に立つのが、怖い。 
 私が戦場に立つことで、何かを失ってしまいそうで。 
 結果、艦隊旗艦の任も解されてしまった。 
 諦める、なんて考えたこともなかったのに。 
 今は、その諦めるという土台にすら立てない。 
 悲劇を、繰り返したくない。 そのためには、愚かな行動になったっていい。 出撃さえしなければ誰も沈むことはないのだから。 
  
 防波堤。 
 いつも私たちが出撃しているところ。 違う、私にとっては出撃していたところ、かもしれない。 
 小さな波が防波堤に当たっては、消える。 
 私たちの存在は、しょせんこの波程度のものなんだろう。 傍からみれば、私たちの代わりなんていくらでもいるんだから。 私なんて所詮ただ一隻の駆逐艦でしかないのだから。
 ・・ちゃんだって。 
 また建造すれば、ひょっこり出てくるかもしれない。 
 でもその・・ちゃんは、私たちの知らない・・ちゃん。 
 遠目から見たら一緒かもしれない。でも。私たちにとっては、大きな違い。 
 少し波が大きくなった。 一気に風が強くなったみたい。
 前は心を落ち着かせる音だと思ってた。
 でも、今の私には、この波打つ音が私を責め立てる音に聞こえる。 
 やめて。やめて。やめて。何も言わないで。私のせいでいいから。もういじめないで。 
 聞いていられなくて、私は部屋に逃げ帰った。 
 いつもここにきては、部屋にすぐ帰っている。 
 なにも、できない。 
 私は、力不足――
  
  
 ――目が、覚めた。 
 周りを見回す。けど、特に何もない。ただあるのは水面だけ。 
 誰もいない。私一人。 
 十分くらい、居眠りしていたのだろうか。 
 艦娘になって五年くらいたつが、いまだに水上で寝るのは慣れない。 
 そもそも水上で寝るの自体、つい最近になってからだけど。 
 結局よく眠れなくて、立ったまま居眠りしてしまう。 
  
 世界は、海に沈んだ。 
 深海棲艦への完全敗北。 
 結果、地球は奴らのものになってしまった。 
 今地球に住んでいるのは奴ら、海生生物。そして私だけ。 
 皆沈んだ。 
 皆、海の底。 
 私だけが、いる世界。 
 あれだけ仲が良かった睦月ちゃんも、・・ちゃんも、もういない。 
 出撃中はぐれてしまったとき、大丈夫と声をかけてくれた睦月ちゃんも。 
 一緒に帰ろうって言ってくれた・・ちゃんも。 
 もう、いない。 
  
 どうして私は死ねなかったのだろう。どうして私は沈めなかったのだろう。どうして私は皆と一緒になれなかったのだろう。 
 水の上を放浪するようになってから、ずっとそのことだけ考えている。 
 私も一緒に沈めたら、どんなに良かっただろうか。 
 そんなことを考えていると、前のほうから奇妙な声。 
 深海棲艦。そんなに多くない。はぐれたのだろうか。 戦艦も、空母もいない小規模な集団。
 砲を持つ手に力が入る。 
 化け物はすぐに視界に入ってきた。当然、私に向かってくる。しょうがない。だって、私は深海棲艦にとって敵だから。 
 そんな相手にやることは一つ。昔のように当たれと祈ることもなく、何の感慨もなく、砲を撃ちこむだけ。 
  
 抵抗しなければ、沈めたかもしれないのに。 深海棲艦を相手にするたび、いつも思う。 
 私は、結局何がしたいのだろうか。 死にたいのか、死にたくないのか。沈みたいのか、そうでないのか。自分で自分があべこべであいまいで、訳が分からなくなる。
 奴らを沈めたところで・・ちゃんを、睦月ちゃんを探す事なんてできやしないのに。
 奴らを沈めたところで何の益もない、ってわかってるはずなのに。
 私にできることなんて、二人を、いや、みんなを忘れないことくらいなのに。 
 私は、ただただ、無意味に生き続ける―――― 
  
 
 ――目が、覚めた。夢を、見ていた。
 「――ちゃん? こんなとこで寝ちゃ駄目でしょ」
 ……どうやら、防波堤で寝てしまっていたみたい。
 私たちは風邪をひかないからいいけれど、それでもきっと体にはよくないと思う。
 「ほら、部屋帰るよ」
 睦月ちゃんが私の手を引いて無理に立たせようとする。ちょうどいい、私も帰ろうと思っていたところだったから。
 寝ていたせいで少し体が固まってしまっている。ちょっと歩くのがしんどいかも。
 「全く、油断ならないんだから」
 よいしょ、っと声をあげながら睦月ちゃんが私を引っ張り上げてくれた。早く、部屋に帰らなきゃ。
 「……どうせ、待ってたんでしょ」
 ――っ。
 「ね、吹雪ちゃん。気持ちはわかるけど」
 やめて。
 「……帰ろっか」
 ……ごめん。

 
 ――目が、覚めた。 
 ――目が、覚めた。 
 ――目が、覚めた。 
  
  
 ――意識が、遠のいていく。 
 そうか、沈むってこんな感じなんだ。 
 船の時に一度感じていたけど、その時とは違う感覚。 
 ・・ちゃんも、こんな感じだったんだ。 
 ・・ちゃんを探し出す、って決めてたのに。 
 私、沈んじゃうんだ。 
 ・・ちゃんを探し出すって思いだけで歩いてきたのに。 
 「――ちゃん! ――ちゃん!」 
 海の上から、何かを呼ぶ声がする。 
 私を呼ぶ声、なのだろう。 
 その声も、どんどん遠くなっていく。 
 私が、離れていってるから。 
 ……これで、終わりなのだろう。 
 もう私は助からない。 
 ・・ちゃんと同じ末路。 
 いや、艦娘として生まれたものの末路、なのだろう。 
 私の存在なんて、一時の幻に過ぎなかったのだろう。 
 私を呼ぶ声が、どんどん小さくなっていく。 
 ……誰が、呼んでいるのだろう。 
 さっきまで、わかっていたはずなのに。 
 いや、そもそも。 
 ――私は、誰だ? 
 さっきまでは、はっきりわかっていたのに。 
 自分のことが、認識できない。 
 記憶が海の中に溶けていくように、私を形作っていいたものはなくなっていって。 
 でも、一つ。 
 思い出したように、心の中に湧き上がる思い。 
 心の中で、そっとつぶやいた。 
 「――如月ちゃん、私もそっち、行くね」 
 沈んでいった戦友を思いながら。 
 私は、 
 駆逐艦『吹雪』は、 
 そっと、海の底へと沈んでいって。 
 
 そういえば、昨日はあまり眠れなかったな。 
 少しだけ、眠くなってきた。 
 次に見る夢は――――。 
  
 ――。 
 ――――。 
 ――――――。