京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

若葉の季節

『若葉の季節』

 

私が工廠の重い両扉をギィと開けると、明石さんが何か作業している姿が見えた。

扉の開く音がひどく大きかったので、気づかれているかと思っていたが、彼女は黙々と作業を続けていた。気づいていないか、気づいたもののすぐに自分の作業に没頭し始めたかのどちかだろうか。明石さんだったら後者かもしれないな、と思った。

「こんにちは」

「……」

私が声をかけても、彼女は手を止めることはなかった。あまりの集中力に、私は思わず苦笑する。

「こんにちは!」

私が声を張り上げると、彼女はようやくこちらを振り向いた。顔全体を覆うマスクを外し、汗で濡れた顔をこちらに向ける。

「あぁ、大淀さん」

彼女は今気づいたとばかりに声をかけてきた。本当に気付いてなかったのか。

明石さんはススで汚れた分厚い作業着を脱ぐと、そこには先ほどまでの姿とは違い、華奢な身体があった。

「いやあ、汚いカッコですみません」

へへへと彼女は笑いながら言う。

「いえ、おかまいなく。こちらこそ、お邪魔してすみません」

「大丈夫ですよ。ちょうどキリのいいところだったんで。わたしも休もうと思ってましたから」

私が大声を出していなければ、ずっと作業に勤しんでいたと思うのだけれど。

「それで、何かあったんですか? 大淀さんが工廠まで来るのは珍しいですね」

たしかに、私は基本的に事務室でデスクワークをする立場であったから、現場にまで顔を出すことは少なかった。

「今期は、私が秘書艦なんです。それで、提督にこちらの書類を明石さんに渡すように頼まれまして」

私が手渡した書類を明石さんはまじまじと見る。

「あっちゃあ。忘れてましたね」

頭を抱えだした彼女の様子に、私は少しばかり好奇心が湧いた。

「何が書いてあったのか、お聞きしても?」

「ええ、かまいません。大型艦建造の件で、資材の調達を任されていたんですが。手配をしたはいいものの、資材の搬入先を指定するのをわたしが忘れちゃってました。それで、提督が代わりにやっておいてくれたから、確認とあわせてサインをしてくれってことです」

いやあ、提督には頭が上がりませんね、と明石さんが申し訳なさそうに言う。

「あまり、お気になさらず。明石さんも忙しいですし、現場のフォローをするのも事務方の役割のひとつですから。むしろ、私も確認すべき案件でしたね」

大型艦建造の件は私も聞き及んでいたので、確認の声掛けをするなど配慮すべきだったかもしれない。

「そんな、大淀さんだって忙しいのに、申し訳ないですよ」

明石さんは手をブンブンと振る。

その姿に、私は笑みを浮かべる。

「お互い様、ということにしません?」

私の提案に、彼女はポカンと口を開け、それから納得したように首を縦に振る。

「いいですね、それ。採用です!」

彼女が親指を立てる。それから、私と明石さん二人で笑った。

「あっ、そうだ。大淀さん、これから時間あります?」

こういうことを聞かれたとき、先に用件を言ってほしい。時間があるかどうかは私が判断するから。

「なにかあるんですか?」

「いえ、せっかくなので、大型艦建造の様子でも見ていかないかと思って」

「……いいんですか?」

「別に、部外秘というわけでもないですし。それに、大淀さんは部内者ですよ」

明石さんは笑って言う。

「それなら、ぜひお願いします」

「それでは、こちらで待っていてください。資材を見てきます」

彼女はそう言うと、工廠から出ていった。

 

***

 

しばらく待っていると、明石さんが帰ってきた。

「お待たせしました。こちらへどうぞ」

彼女に誘導されるがまま、私は工廠の奥に向かう。

明石さんが重厚な扉をギィと開けると、そこは息を呑むほどの大きな部屋だった。5000人は収容できるだろう。部屋の中央に、巨大な装置がある。

「ささ、こちらに」

すでに資材を搬入したのか、装置の裏手に大量の資材があった。

「もう運んだんですか、資材」

妖精さんの力を借りました」

妖精さんとは、いったい何者なんだろう。鎮守府の各所で熱心に働いているのは知っていたが、その正体について、これまで疑問にも思わなかったのが不思議だった。

「ええと、資源の投入量は……燃料4000、弾薬7000、鋼材7000、ボーキサイトが2000、と。資材は、20」

明石さんがポチポチと数値を入力し、妖精さんが資源と資材を装置に投入していくのを、私はじっと見ていた。

「資源の量がすごいですね」

「そりゃあ、大型艦ですからね。駆逐艦くらいならコストも低いんですけど。大きな戦艦や空母になってくると、文字通り桁違いですよ」

妖精さんがえっせえっせと働いている姿が、私の目にはとても愛らしく映った。その感情の前では、妖精さんの正体などささいな問題にすぎなかった。

「ほら、もうすぐ生まれますよ」

「生まれる?」

「あー、一般的な言い方ではないかもしれませんが。大型艦に限らず、艦建造が完了することを、『生まれる』って呼ぶことにしてるんです。そちらのほうが、温かみがあると思いませんか?」

たしかに、そうかもしれない。

「どんな子が、『生まれる』んですか?」

「いやあ、それがわたしにもわからないんです」

青天の霹靂。どの艦を『生む』かコントロールできるものと思っていた。

「わたしたちにできるのは、資材と資源を入れて、待つだけ。ただ、じっと。それだけなんです。それで、生まれてきた子にはたくさんの愛情を注いであげる」

そう言う明石さんの表情は、慈愛に満ちていた。そして、悲しみも。

「……ホンネを言うと、生まれてきた子には戦ってほしくないんですが、なかなかそういうわけにもいかないんですよね。軍艦として生まれたからには、やっぱり軍艦としてのオツトメを果たさないといけなくて。ちょっと、やるせない感じです」

はははと明石さんは乾いた笑いを出す。

私はそんな彼女を見て、決意を新たにする。

「……私たちで、頑張って平和な未来を作りましょう。この子のためにも。ね?」

「……はい! もちろんです。わたしは戦闘艦ではありませんが、裏方作業は任せてください」

「その意気です」

私と明石さんが互いの想いを確かめ合っていると、装置から甲高い笛のような音が聞こえてきた。

「あっ、そろそろ生まれるみたいです」

明石さんが装置のそばまで行って、私を手招きする。小窓のようなところから中が見られるようだ。

「さあ、いよいよですよ」

明石さんが、装置に何かを入力すると、装置の開閉部が大きな音を立てて開く。

私と明石さんは、直に中を覗き込んだ。

そこには、小さな子がいた。かわいらしい顔立ちをしているが、装置の音に驚いたのか、少し怖がっているようだった。

「あー、ごめんね。大きな音で驚いちゃったよね。どこか痛いところはある?」

明石さんの言葉に、その子は首を横に振る。

「そっか、よかった。あなたのお名前を教えてくれる?」

「ワタシ、ワタシは——」

 

(文:クリスタリン)