京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

多分、幸せ

瑞鳳の朝は早い。
前よりも支度に時間がかかるし、何より提督にのために朝ごはんを作ってあげるのだ。

少し大変だけど、提督のためなら苦にもならない。
いつからか無洗米に換えたお米を炊いて、得意料理であった卵焼きの調理に取り掛かる。
卵をマグネットで固定したボウルに落とし、少し混ぜたら必要な色々をまとめて入れる。
本当はかき混ぜながらやりたいけどまだ出来ないので。
卵焼き鍋も前のは使いづらくなってしまった。暫くは無理矢理使っていたけど、提督が特注のをくれたから。固定できてこぼす心配もなくなった。
溶いた卵を鍋に入れて、ぎこちなく卵焼きを巻いていく。難しいから慎重に。
……上手くいった。また卵を全面に流して層を作る。前よりは不格好になってしまったけど、しょうがない。提督はいつも美味しいと言ってくれるけど、いつかは前と同じように作れるといいなぁ。
慎重に焼き上げて、昨日からの味噌汁とおかず、そして卵焼きを揃えて並べる。ちょっと焼きすぎちゃったかもしれない。
ようやく慣れて来たけど、まだまだ緊張する。こぼしてしまわないか、かつてより美味しくならないのではないかと。
いただきます、と重なる声が今日の平和を表していた。

 

朝食が終わると提督は仕事に出かけた。
長く続いた深海戦艦との戦いは二月ほど前にその殆どが終わり、今は職業軍人だけがその対処をしている。
実は私も提督も退役後に年金を貰っているので働かなくていいんだけど、張り合いがないと提督は地元で教師に就き、私もそれに付いていくことにしたのだ。
急に時間ができたことに提督も私も慣れない、ということで、私は料理や読書に熱を上げ、たまにこの弓道場に顔を出している。
こうして来てしまうのは結局忘れられないからなのだろう。
もう幾度となく握った弓を構えるとまだ弦の響く音が(くう)から聞こえてくる。板張りの床はうねる波に、的は歪んだ異形に。張り詰めた心を芯まで震わせる叫びが聞こえようとした、そのところで戸を開く音に意識は現実に戻ってきた。
ここに居ると『瑞鳳』を、そして同時にかつての日常を思い出す。
そういえば一緒に弓を練習した瑞鶴や祥鳳は元気でいるだろうか。ここに来てから連絡してなかった気がする。
忘れるほど余裕も無かったかなぁ、と自分に呆れながら弓道場にやってきた人たちに挨拶をかけた。
実演は出来ないけど、まあアドバイスくらいはできるから。

 

弓道場にお邪魔してから一か月にもなるとまあまあ慣れたもので、ここにきているご老人たちに構えの姿勢だったりの手入れの話をしているとお昼になっていた。馴染めているのは嬉しいんだけど、ことあるごとに撫でてきたりお菓子を渡そうとするのはなんなのかなぁ。もう成人していると言っても聞いてもくれない。そりゃあ確かに背は低いかもしれないけど、私だって恥ずかしいのに。と緩む頬を無視して思っていると、俄かに外が騒がしくなった。
サイレンだ。
少し前まではよく聞いていた音。
少しだけ緊張して、すぐに緩く首を振った。
弓道場の人たちに海沿いには近づかないように言い含めると、私はすぐに提督に連絡を取った。流石に湾の中には入っていないらしい。近海にはぐれが出たということだった。すぐに近くの艦娘がくるだろう、と提督は落ち着いた様子で言う。その様子に安心して電話を切った。弓に、そして右肩の辺りに目線をやる。そして表情を戻してから不安げな顔の人々にさっきのことを伝えた。

 

艦娘が来てくれますから海に出なければ安全ですよ、とそこにいた人たちに伝えて暫くすると微かな複数の爆発音がした。……私以外は聞こえていなかったみたい。とはいえ間違いなく艦娘が来たのだろう。爆発音という事は空母かもしれない。またさっき頭をよぎった彼女らを思い出す。祥鳳は艦娘として残ったはずだ。
まさかね、と呟いて提督からの報告のメールを見る。
来てくれたみたいですよ、と伝えて明るくなった表情をよそに、私は海の方へと歩き出した。
サイレンを受けて静まる街を祥鳳のことを思い出しながらゆっくりと歩く。
港から僅かに歓声があがり、艦娘が寄っていることがわかる。今だと艦娘も受け入れられ一般の人へのアピールもしなくて良くなったけれど、今度は歓待しようとする人も増えている。正直仕事中のそれは困惑もしたけど……でも嬉しいことには間違いなかった。私と提督もこの町に住み始めた時は大分よくしてもらったのも覚えている。
……人が囲う中に遠目に見えたその顔は、果たしてその艦娘は私がかつてよく――一番見た顔だった。知り合いなんです、と声をかけて抜けさせてもらう。

 

祥鳳と話した。二か月振りだったけどあまり距離を感じなかったのは『姉』である彼女のおかげだと思う。ここに来た時の話、今の話、海の話、艦娘と上の話とか。安全に見えるようになったからって海上警備を縮小する人との闘いに苦笑いして、私と提督の話は辟易したように笑われた。……そんなに熱を入れて話しちゃったかな?祥鳳は仕事中だったからあまり時間は取れなかったけど、それでも楽しかった。

 

「前よりずっと幸せそうね。」

 

何度か私の右肩あたりに視線を向けて、海軍に残っていても良かったのに、と私の腕前を褒めて、慣れない土地で大変じゃない?と腕に目を向けて。彼女の言いたいことも言わなかったこともよくわかる。それだけ一緒にいた。その上で彼女はそう言った。そう言ってくれた。
そう見えるんだ、と思って少し嬉しくなる。
幸せなのだ。日々の不便が多少の減点にもならないくらいに。
海上を行く祥鳳に笑顔で左手を振り、私は日々に帰っていく。
夜もまた卵焼きを作ろうかな、今度は焼き加減に注意して。

 

 

あとがき

黒鈴です、お読みいただきありがとうございました。
実は初めてピリオドを打った作品になるので公開は不安ですが、気に入っていただけたら幸いです。
最初の500文字が書きたくて始めましたが、こう機会が無かったら完成させなかった気がするのでCuさんありがとうございます。
PS.
ところで顔に傷跡が残った美しいリシュリューや左腕が無い最強の長門の話を書く人を切望しています