「そういうわけだ、阿武隈……」
一体どういうわけなんでしょうか……
執務室に入った瞬間にそんなことを言われてもなんのことだかさっぱりわかるはずがありません。
提督の前にいる阿武隈はあきれ返るばかりです……
提督の奇行は今に始まったことではありませんが、最近まして酷くなっています。
今も執務室で上裸になり腕立てのようなものをして提督は激しく床に体を打ちつけながら振動しています。
きっとこれには深いわけがあるに違いありません。過去の提督を知るものならばそう思いたいところです。
はや八年、阿武隈は提督と時を長くしてお互いのことをわかり合えた。そう思っていた時もありました。考えが甘い。甘すぎる。
深海棲艦が日々攻めてくる非常時の提督の的確な指示命令、そしてその提督本人の容姿が多くの艦娘を惹き付けるには有り余るものだったのは今でも確かなものだと思えます。
しかし今はどうでしょうか。
「その、お願いだ。俺の命は残り幾許ともわからない。
だから、最期に女の子達の肉を……いや、この士官学校時代に弥山の王者と呼ばれたこの俺の筋肉を自慢させてくれ。筋肉を見せるにはやはりトレーニングルームがいいだろう?そだろう?うなずいてくれ……」
「はぁ……」
「弥山登山競技でレコードを持っているこの俺の筋肉を保存するのはいわばラムサール条約だ!ミヤジマトンボのように俺も保護されるべきなんだ!」
「えぇ……」
「阿武隈チャンはもしかして提督の最期のお願いも聞いてくれないのカナ?」
何度目の最期のお願いかわからないが。この鎮守府にいるものは提督の願いに逆らうことなんてできやしない。それはたとえ提督個人のわがままだったとしてもだ。あの日の事件が艦娘たちの負い目となっているからだ。
「わかりました。今から行きましょう、トレーニングルームへ。」
「やった≡3、阿武隈チャン大好キ!」
阿武隈は提督に今でも懸想しているがこんな形での大好きは望んでいない。
提督が血相を変えて頭を床に打ち付ける!
喜びのあまり狂喜乱舞してそのTの頭を軸にウィンドミルをし始めた。T字の頭はさぞかしバランスがとりやすいことだろう。首の部分が180度以上余裕で回っている。一体どいう構造なんでしょうか。
そう、この鎮守府にいる艦娘みんながこのことを憂いている。すべてが狂い始めたのは提督の頭がT字になったことに関係があるからだ。
あの日は前線にいた艦娘が深海棲艦を撃ち漏らした。そして哨戒担当はそれを見逃し易々と敵の侵入を許した。鎮守府に待機していた艦娘がやっと敵の侵入に気づいたときには提督の執務室に侵入を許してしまっていた。
阿武隈はそのとき秘書艦として執務室にいた。艦娘は海へは速やかに出撃できるが陸へはそうもいかない。重い艤装をつけた味方が走ってくるのを待ち遠しく思いながら丸腰で提督を必死に守った。しかし守り切ることはできなかった。
深海棲艦の瘴気を纏った攻撃が提督の頭をかすめたのだ。
瘴気は提督の頭を蝕んだ。瘴気に中てられた人間は死ぬか深海棲艦化するかの二択だ。
しかし、提督はどちらでもなかった。
最初、提督の頭はシュモクザメのように深海棲艦化した。
人の体に魚の頭が付くおぞましい姿に変質したと思ったら、最新のゲームから昔のドット絵のゲームに巻き戻すように提督の頭のポリゴン数が減っていき積み木を組み合わせたようなTの形の頭になってしまったのだ。全く不気味な変化であったことだ。
生命を一切感じさせない幾何物が有機的な肉体に突き刺さる様、その変わり果てた姿に鎮守府中の艦娘が息を飲んで驚き、その後に悲しむ他なかった。
事態がややこしくなったのはそのあとだ。提督の頭はそんなになってしまったのだからもちろん死んだものと思われていた。しかし提督の心臓は動いていた。それならばまだよかっただろうが、数日後、ベッドに安置された提督であったはずだったものが言葉を発したのだ。
Tの頭を音叉のように振動させて元の提督の肉声と寸分変わらぬ音を発するのだ。
俺はどうなっちまったんだ……何も見えない……何も感じない……と
提督の頭には今や目や口や鼻がないのだから致し方ない。
驚くべきは提督にまだ意識があるかもしれないということだ。
阿武隈は必死で提督の手を握り続けた。
艦娘たちの判断の範疇から事態は超え上層部がこの提督の所在をどうするかを話し始めた。
また数日経って提督はそのTの頭から様々な周波数の電磁波を放出し始めた。
そして提督はついに外部からの刺激をなんらかの方法で検知し始めるようになった。
「阿武隈……阿武隈じゃないか、見える見えるぞ。どうして泣いているんだ。」
提督との双方向の意思のやりとりが可能になって上層部は処遇をどうすべきか悩みに悩んだ。
提督の頭も精密検査が行われたが何もわからなかった。そのハンマーヘッドの表面積は無限大で体積が存在しないという事実を除いては。
果たして提督は元の提督なのか、深海棲艦が提督のふりをしているだけではないかと様々な憶測が飛び交う。
とりあえず上層部は考えるのがめんどくさくなり提督は大本営からの監視の艦娘数名をつけてそのまま放置ということになった。
そして提督はというと自分の頭が丁字になったことにはさほどショックを受けず元のように振る舞った。
しかし、大本営からいつどのような処分が下るかわからないというストレスから提督は一生のお願いを乱発し、艦娘たちも提督を守りきれなかった負い目からその願いを聞いた。
提督はわがままし放題になりついでに頭のネジも緩んでしまったのである。
そして話は鎮守府トレーニグルームへと戻る。
汗の匂いは艦娘だからといって人間と変わるわけではない。数々の艦娘がこの部屋で汗を流し甘いムスクが染み付いている。
「素晴らしィ!hshs!」
提督はその変態性を余すことなく発揮し部屋の香りを堪能している。
はぁ、連れてくるんじゃなかったと阿武隈は後悔しています。
一体提督は鼻なんかないのにどこから匂いを嗅いでいるのでしょうか。
「俺はコスモクリーナーだッ!」
キュオオーンと提督のTの頭に周りの空気が吸い込まれている。まるで掃除機のヘッドのようだ。
「ん〜ダイソンっ!素晴らしいフレグランスであることよ。」
一体提督に吸い込まれた空気はどこに消えたのでしょうか。誰も知るわけがありません。しかし、揮発した阿武隈の汗などが提督に味見されてしまったのは間違いないでしょう。
「おっ、今日はなんか空気が違うな。」
長門さんがやってきました。彼女はトレーニング熱心です。
「阿武隈に提督もいるのか、珍しいな。さて私はトレーニングに励まさしてもらうぞ。」
ベンチプレスを長門さんはするようです。重量は140kgから。肩甲骨だけをベンチにつけほどよく背筋をブリッジさせたそのフォームは阿武隈でさえも美しいと思います。
タンマ(炭酸マグネシウム)を手につけ、長門さんがバーベルを挙げる、胸に下す。
さっきから提督が黙っています。Tの頭には目がありませんからどこを見ているかも分かりません。
次の瞬間提督は頭をタンマ入れに突っ込んだ!
「これが長門に触れた白い粉。ぐへへへへ。スーハースーハー!」
タンマを提督が吸い込んでいく。再び掃除機のようだ。
「う゛お腹がガガガが、」
炭酸マグネシウムは下剤でもある。
「ちょトイレ!」
提督はトレーニングルームを後にした。
「長門さん、最近の提督のことどう思います?」
「そうだな、前から胸をチラチラ見てきたり助兵衛なやつだったが、最近は理性のタガが外れてきたんだろうな。本当に先は長くないのかもしれないぞ。」
そう言って長門さんはバーベルにさらに重りを乗せベンチプレスを再開しました。
鼠蹊部から腹筋の美しいライン、じんわりと汗の滲んだ肌そしてバーベルを下すと潰される胸。
胸にいつの間にかトイレから戻ってきていた提督の熱い視線が刺さる!
「うっ」と長門さんがうめく。
提督がマイクロ波をそのTの頭から照射している。船にひっついてくるくる回っているレーダーよりも出力が高いそれは電子レンジの比じゃない。
「提督、胸が焼けるからやめてくれ。熱くてたまらない。」長門さんが抗議する。
「朕は双丘の地理的調査を行なっていたのだよ。気にしないでくれたまえ。それよりも、海軍のモハメド・アリと呼ばれたこの俺と寝技ありで戦技研究を夜まで行わないかね?」
「いいだろう。そういえば、提督は深海棲艦化の影響で修復材が使えるようになったらしいな。後悔しても知らんぞ。」
「死ぬ、しんぢやう!やめて!きゃー」提督がなさけない声で叫んでいます。
長門さんは提督を本気でボコボコにしています。
ボッキボキッ。提督の背骨がまた折れたみたいです。
修復剤を持った阿武隈が駆けつけると瞬時に傷が回復し再びボコボコに。いい気味です。
あれっなんだかTじゃなくて元の提督の顔が見え始めたような……
「うぎゃー」
6回ほど提督の背骨が折れたそのとき修復材を使ってないのに提督の体が光に包まれ、
「あれっ?元の顔?戻ってる?」
なんと提督が前の姿に戻っています。
阿武隈は瞬時に気づきました。今までに深海棲艦を何度も繰り返し撃破すると艦娘化するという事例が何度かあったということに。
「長門さんもう一度提督をボコしてください。」
「あべし!」
修復材で瞬時に提督の傷は元どおりに!提督が艦娘化してTヘッドじゃなくなった!
提督が艦娘化した話は鎮守府中に速やかに知れ渡り、鎮守府中の修復材を以てしてその日は提督はボコられ続けましたとさ。
おしまい。
あとがき
unkyoです。前回のS Sが真面目すぎた気がしたので今回はふざけてみました。トレーニングルームでの艦娘の描写をもっとねっとりじっとりとする予定でしたが、検閲があるので無くしました。