「誰かいるかー? 谷風ー浦風ー浜風ー」
「磯風、どうしたのですか。そんなに大声を出して」
「浜風がいて助かる。この磯風、不覚にも……」
そう言って磯風が指さした先には何やら黒いものが鎮座する鍋があった。
「この臭い……もしかしてカレーを……」
「焦がしてない焦がしてない! ちょっと火にかけすぎただけだ!」
浜風は見ていた───少し前に磯風が猫と遊んでいた様子を。今目の前にはさながら雨の中の捨て猫のようにこちらを見つめる磯風がいた。
「まったくしょうがないですね……。このカレー、まだ食べる人がいたものでしょう? 鍋の処理をしたあと、せっかくなので作りなおしましょうか」
磯風の顔から雨雲が去っていったのを見て、浜風はやれやれをほほえむのであった。
「まずカレーを焦がしたとき何からするべきでしょう」
「うーむ、信頼できる妹を呼ぶ、とか」
「帰りますよ」
「待ってくれ私が悪かった」
この程度の焦げならと浜風はつぶやきながら、おたまでカレーの、まだ『生きている』ところをすくい始めた。
「お米はありますね。ちょっと苦みがあるかもしれませんが、磯風、責任もって食べてください。焦げていない部分はちょっと苦みが出ていることがあるかもしれませんが、食べることができますから。はちみつを入れてごまかすのもアリですね」
「うむ。もったいないからな」
「前提督は中途半端に『死んでいる』ところも混ぜてしまったせいで相当ひどいものを食べることになったそうです」
「そもそもカレーを焦がすほうが悪いだろ」
「……そうですね」
「さてカレーをそのまま流すのはあまりよろしくないですね」
「え、そうなのか?」
流し台がつまったことを磯風は覚えてもいないようであった。そしてその原因が、流しに流した油分が固まってこびりついていたことも、知らない。
「まずはキッチンペーパーで大雑把にふきとりましょうね」
「わかった」
せっせと黒ずんだカレーをふき取る磯風はやがて壁にぶつかる。
「焦げがまったく取れないが、どうすればよいのだ」
「さて次は───重曹はありますか?」
「じゅう……重装……?」
お酢を受け取った浜風はトクトクと鍋にそそぎ、火にかけた。
「いったい何をしているのだ?」
「こうすることで焦げが取れるのです」
「不思議だな」
「本当は重曹でもいいです。重曹を溶かしたお水を入れて煮込むのです」
お酢を使ったからであろう。ひどく酸っぱい臭いがたちこめた。それをかぎつけたのか───
「なんじゃあこの臭い……」
「ああ浦風───」
「磯風がカレーを焦がしました」
「なんやて? 磯風なにしとるん……」
「その……すまない……」
鍋の中を一瞥して浦風は納得したようにうなずき、重曹でもええやん……とぼやくのであった。
「ところで重曹は鍋の焦げ取り以外に掃除全般に使えますよ。もちろんお酢もだいたい同じように使えます。要するに液性を酸かアルカリかに寄らせたら大抵の汚れが取れるということです」
「そういえば雪風が雑巾で拭くとなぜか綺麗になるらしいぞ。雪風のほうがよくないか?」
「だいぶ焦げが取れてきたな。それでこの鍋はどこに捨てるのだ? そのまま流さないのだろ」
「そうですね。トイレにでも流しましょうか」
「それで……鍋をどうやって運ぶのだ?」
「あーえー大和さーん!」
カレーを作る編に続く……かもしれない!
(文:Cu)