「やあ山雲クン!」
「もう! 違うってば!」
ここ最近,提督がいじわるだ。先月のバレンタイン,私は初めて提督のためにお菓子を作った。ただ作るは作るでも,執務をサボってこっそりだったわけ。仕方ないじゃない? 私はあの日夜勤があって,鎮守府の台所が開いたのは深夜だったんだから。それでどうして私が山雲と呼ばれているのかというと,執務をサボるとき,山雲と髪型を取り換えて,入れ替わったからなの。もちろん髪の色は違うし,提督に見つかっちゃったのよね。それで1か月くらいずっとこう。
「あら~提督と朝雲姉ー」
「やあ朝雲!」
「あっ,そうだったわー! 山雲ー!」
「山雲までやめてよ!」
本当によくないわ。鎮守府全体に流行らなかったことが救いかしら。
「冗談はさておき,朝雲,今日の夜勤はちゃんとやってくれよな。絶対に執務室にいること」
「え,あ,うん。先月はごめんなさいね」
山雲がすっごい笑顔でこっちを見ている! 何? 言いたいことがあるなら言いなさいよ。
「んーいえいえ~朝雲姉ー,何もありませんよー。夜勤頑張ってねー」
今日の夜勤は私と北上さん。
「北上さんは大井さんに何か渡したんですか?」
「あーうん。安物のチョコだよー」
こう聞いてはいるが,実は北上さんが何を渡したのかは知っていた。オーダーメイドでチョコレートを作ってくれるお店があるらしい。あ,もちろんそれなりのお値段がするし,当然それに見合ったクオリティみたい。でも,たとえそれが絶品でも,人に作ってもらったものを渡すのってどうなのかしら。大井さんはたぶん手作りだったはずで───
「大井っちはすごく力の入ったものをくれたよ。だから私もちゃんと作ってあげたかったんだけど,料理下手だからねー」
好きな人には美味しいものを食べてもらいたいじゃん。そういう北上さんは珍しく照れた様子で,なんだろ,見てはいけないものを見てしまったような気がして聞いているこっちがこそばゆいわ。
「それで朝雲ちゃんは何かもらったのかなー?」
「えっ? 私ですか? いやまだトクベツなものはもらってなくて……」
突然の質問にびっくりして,すごく尻すぼみになってしまった。
「ふふーんそうなんだねー」
北上さんは楽しそうに笑った。あまり楽しまないでほしいわ。
「でもいつも通りにお菓子の山がありましたし,そこからいくつかもらったので……」
提督は毎年バレンタインデーに鎮守府中の艦娘からお菓子をもらうから,ホワイトデーの日には食堂にお菓子の山を作るの。文字通り山のようにお菓子があって,消費するには1週間くらいはかかるかしら。
「海防艦のやつらすっごく嬉しそうだったねー」
北上さんって良くも悪くもドライ。私が提督からお返しを期待していること,そしてもらえてないことをわかってるはずだけど,触れることはしない。慰める言葉なんて絶対に口にしない。でも何だろう。こういう距離が心地よかったりもする。この距離感こそが北上さんなりなんだと思うわ。
「もうそろそろ見回りの時間ですね。私,行きます」
「あっ待って。あたしが行くよ。朝雲ちゃんは執務室にいないといけないんでしょ?」
北上さんが自ら見回りを言い出すのは珍しい。というか何で北上さんあの会話知ってるの? 聞いていたのかしら?
「あのーそのーお手洗い! そうちょっとお花を摘みに,ね?」
「えーっとじゃあお願いしますね」
何やら怪しいわ。もしかしたら小腹が空いてこっそりお菓子を取りに行くのかもしれない。正直な話,見回りってあんまり好きじゃないのよね。まだ寒いし,それにちょっとだけ怖い。夜はまだちょっと苦手なのよね。だから,正直助かる。
そういえば今日のお昼,みんなはどうしてたのかな。ホワイトデーの日はお返しで盛り上がる。
「そうだ。日誌があったわね」
日誌はみんなが思い思いに好きなことを書いていいことになっているの。当番を決めなくても日誌が埋まる。提督はすごく誇らしげにしてたわ。
文責:しむしゅ
おかしの山を海防艦のみんなでたべました。「おいしい!」といったら,まみやさんがすごくうれしそうにしていました。しむしゅはチョコレートがだいすきなのでたくさんたべました。クナはクッキーをおいしそうにたべていました。つしまはキラキラしたゼリーをたべていましたが,びみょうそうなかおでした。
文責:鈴谷
提督からチョコをもらった! 熊野と一緒に作ったから,2人セットもらった。熊野はお嬢様だから,提督も奮発したみたい。やるじゃ~ん!←なにを書いていますの 鈴谷?
文責:長門
『オーブンを使わないお菓子入門』という本を明石からいただいた。先月オーブンを壊してしまってしまったからだろう。来年は生チョコに挑戦してみたい。材料をかき混ぜるのは得意だ。
みんな楽しそうね。長門さんは……うーんやっぱり市販のものを買った方がいいんじゃないの?
文責:Saratoga
はじめてのホワイトデーでした! テイトク,おかしありがとうございます。カンムスみんなにおかしを持ってくるのにはmarvelousです! Ark RoyalとAfternoon teaをして,おかしをいただきました。Arkもここのcultureをとても気に入っています。セッツブーンといい,日本のイベントはたのしいですね。
文責:秋雲
再来週の即売会に間に合わない。←はやく描きなさい。手伝いたくないです。(夕雲)
夜勤の方へ。私の部屋の電気がついていても許してください。
何か変なものが見えた気がするわね。今頃『先生』に北上さんがエールを送りに行っているかもしれないわ。それはさておきSaratogaさんも鎮守府に慣れていたみたいで嬉しい。この前South Dokota……さんだったかしら,えーっとDakoto? あれ? まあいいわ。アメリカから戦艦が1人来たのよね。霧島さんとすごく仲良しみたい。ちょっと妬けちゃうわ。
文責:大井
今日は北上さんからお返しのチョコレートをいただきました! うれしい!!! もったいなくて食べれないわ!←食べないと悪くなるから食べてね
ところで北上さんと提督がなにやら楽しそうに話をされていましたね。提督,私の北上さんへの用事は私を通してくださいね♡
北上さんが言っていた『好きな人には美味しいものを食べてもらいたいじゃん』とい言葉が浮かぶ。私,手作りじゃないとまごころがこもらないと思っていたの。たとえ塩と砂糖を間違ったとしても,作ろうという気持ちが大切だと思っていたわ。でも違うのかも。北上さんのところはオーダーメイドってだけで,ブランドのチョコレートをプレゼントするというのも,人が作ったチョコって意味で大して変わらないような気がしてきた。喜んでもらおうっていう気持ちが大切なのかな。
「ただいまー」
あ,ウワサをすればってところかしら。
「お菓子持ってきたよ~」
「やっぱりお腹空いていたんですね」
「え,あ,うん! 夜の甘いものは罪だよ~だからおいしいんだよね」
気付いたら時計の針は1時を指そうとしている。ああ,もう15日なんだな。
「結局お菓子の山だけかぁ……」
ちょっとがっかり。おいしくなくても提督から私のためにお菓子がもらいたかったな。
「このクッキー,チョコでなにか書いてあるけどなんだろ。うさぎ? ねこ?」
「もう知らない! 太っちゃえ!」
「うおう。いい勢いだね」
もうヤケで食べちゃうことにした。もう,知らないんだから。
「あ,でも食べすぎるのはよくないから,そのーほどほどにね?」
持ってきたのは北上さんじゃない。あら,結構おいしいわ。そういえば間宮さん伊良湖さん鳳翔さん,そして提督で用意したって誰かが言って気がする。そりゃあおいしいに決まってる。って思っていたんだけど,
「なにこれ……マズ……」
「え,どれ?」
「この,ゼリー?」
「どれどれ……あーなんかダメな味がする」
見栄えはとてもいいの。だけど何? 変なものが入っていない?
「まさか砂糖と塩を間違えた,とか?」
「うーん,でもお菓子って大変じゃん? だからそのレベルで間違えるとゼリーは固まらないんじゃないかなー?」
「あの,北上さん。1つ質問があるんですが……」
「うん,知らなかった? 提督ってアタシ以上に料理下手だよ」
「マルサンマルマル,異常なし!」
「おつかれー」
今日は遠征に出ている艦もいないから本当に退屈だ。髪型を山雲スタイルにしてこっそり抜け出しちゃおうかしら。
『今日の夜勤はちゃんとやってくれよな。絶対に執務室にいること』
すごい釘を刺してきたのよねぇ。そんなに信用されてないのかしら……。落ち込む。
「いやあすっかり夜もふけたね。眠くなってきちゃった」
「もう。仮眠取ったじゃないですか」
「あの仮眠取るの,苦手なんだよねー。そもそも寝ずの番が苦手。なんでアタシにさせるのさ~」
北上さんは朝型というわけではない。なんというんだろう。気ままに寝る型?
「あたしゃ川内のやつがうらやましいよ……3時かぁ。あ」
「わっ!」
突然北上さんが立ち上がった。
「びっくりさせないでください!」
「ごめんごめん~あのーまたで悪いんだけどさーちょっとお花を摘みにいくね? ついでに見回りしてくるよ」
「またですか? まぁお願いします……」
北上さんはすたこらと執務室から出て行った。何か思い出したかのように。なんだろ。秋雲先生のお手伝いかしら?
数分すると,トントントンとドアを叩く音がした。
「え,だ,誰ですか?」
びっくりした。1人でいるときに誰か来るの,ちょっと怖くない? もしかして山雲が遊びに来てくれたとか?
「俺だ」
「提督!?」
「北上にはちょっと席を外してもらっている。先月はありがとう。これ,『お返し』だ」
「あ……,その,えーっと,ありがとう……ございます…………」
え,何? なんだろ,突然のことでビックリ。これってその,もしかしなくても,よね?
「本当は14日の間に渡したかったんだ。でも俺はどうやら料理全般が苦手らしい。あーこれじゃあ言い訳みたいでカッコ悪いな。とにかく,なんだ。朝雲からお菓子をもらえて嬉しかったから俺も作ってみたんだ。これはちゃん然るべき人々に味見してもらったから味は大丈夫のはず」
ドアのスキマから北上さんと山雲の髪が見える。
「その,受け取ってくれ」
ちょっとラッピングが不格好なの。でもすごく丁寧。
「あ,えっとその,うん……」
提督が執務室にいろと言ったこと,大井さんの日誌,それと妙に見回りに行きたがる北上さん……。
「どうした。朝雲? 嫌……か?」
「あ……いや……その……」
どうしよ。すっごくうれしい。うれしくてうまく考えがまとまんない。ぽわーっとして言葉が出ない。何て言ったらいいの,その……その……。これじゃあ提督が不安そう。私はあなたにそんな顔をしてもらいたくない。その……あ~! とにかく,ちゃんと,言わなきゃ。
「その,頑張って作ったんでしょ! もらっといてあげる!」
「そうか!」
提督の顔がパッと明るくなる。でもなんでそんなこと言っちゃうのかな,私。
「その,提督,ありがとね。実は諦めてたの。提督,くれないんじゃないかなって。でも,その,15日になっちゃったけど,すごくうれしい。大切に食べるね」
「うん」
ドアの向こう側に目をやると,山雲と北上さんがすっごいニヤニヤしている。もう……! でも今の私,うれしくてうれしくてきっとひどい顔してるわ。
「そうだ! 今開けて食べていい?」
箱を開けるとマカロンが3つ入っていた。1つはチョコレートっぽい。1つはゴマかしら。私と山雲なのかな。3つめは,ああそうなんだな。作っていて恥ずかしくなかったのかしら。
「えっ?」
あ,声に出てた?
「それじゃあいただきます」
早速私色のマカロンを食べる。
「すごくおいしいじゃない! あのゼリーとは大違いね!」
あっ,今の触れちゃダメなやつだったわ。提督が膝から崩れ落ちた。悔しそうにも見えるけど,すごくうれしそうにも見えた。
あとがき
リレーSS発起人のCuです。1日目に出した
夜勤記録【2月13日夜】 - 京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ
の続きという体です。
たぶんこれがリレーSSの最終回になると思います。ここまで読んでくださってありがとうございました。また寄稿をしてくれた京艦同のみなさん,ありがとうございました。もうそろそろ次の代に引き継ぐので,僕の企画はこれで終わりかなと思います。楽しんでいただけていれば幸いです。それでは。