夏の光の下
真太郎
「いやー、あっついねえ」
「汗止まらねえな」
てくてくと畦道を歩く俺と鈴谷。じりじりと道を焦がす太陽に照られて二人とも額に汗が浮かんでいる。目に入りそうになったので軽く服の裾で拭い、持ってきた水筒を開けた。
「あー提督、鈴谷にも一口」
「お前も持ってきてるだろう」
「人の見てたら欲しくなるじゃん?」
「気持ちはわかるけど自分ので我慢しろ」
「けちー」
キンキンに冷えた麦茶が喉を通り、体温が何となく下がったような気がする。暑い日に冷たい飲み物は良くないなんて聞いたような気がするけど知ったことではない。
耳を劈くような蝉の大合唱、それが四方八方から俺達に襲い掛かる。とはいっても不快な感じはしなくて、ミンミンミン、ジージー、と様々な声が混ざり合ってはハーモニーを形成している。
「ほんっといい天気だよね。雲一つない快晴でさ」
「いやあ、そうだな。どこまでも青い空ってとこか」
「ちょっとさ、周りからお日様の匂いとかしそうじゃん?」
「それはよくわからないけど」
雑草から何か青臭いような、よくわからない匂いがするけどこれが陽の匂いなんだろうか。
ふわりと蝶が数匹こちらに舞うように近づいてきた。真っ白なモンシロチョウが青い空に綺麗に映える。乗ってこないか、なんて思って指を差し出してみるけれどすっと離れて行ってしまった。残念、と肩を落としていると隣から鈴谷が「逃げられてやんのー」なんて煽ってくる。
「じゃあ鈴谷も……おっ、乗ってきたじゃん」
「なんでお前はできんだよ」
「日頃の行いじゃない?」
「鈴谷には言われたくねえ」
「思ったより涼しいんだな、木陰って」
「だねぇ。まあその分ちょっと蝉がうるさいかな?」
「それは別にいいだろ」
蝉の鳴き声が嵐のように降りかかる。畦道よりも木が近くにあるせいか、さらに大きな音になって俺たちの耳の中にするりと入り込む。別に不快、というほどでもないけれど、まあそれでもうるさいものはうるさい。
「いやー、でもさ」
「どした」
「こうやって田んぼとか山ん中歩いてると昔思い出すよねー」
「昔?」
「ほら、昔はよく野山駆け回ってたじゃん」
「この野生児」
「提督には言われたくありませーん。てゆーか提督も一緒だったし」
「まあそうだけど。お前が艦娘になる前で」
「提督が提督になる前」
足音が蝉の鳴き声にかき消される。少し声を張り上げるように会話を続ける鈴谷と俺。別に聞こえないってわけじゃないけれど、なんとなく大きな声を出してしまう。
「なつかしーね、やっぱ夏はいいねー」
「いい雰囲気だよな。これでクソ暑くなかったら完璧なんだけど」
「あっはは、確かに」
横からぱたぱたぱたとブラウスで風を扇ぐ音。団扇でも持ってくればよかったなんて思ってももう遅い。
「帰ったらさっさとシャワー浴びよっか。もちろん提督が後だけど」
「はいはい……お。川か」
「水浴びでもしてく?」
「着替えなんてないだろ」
「別にいいじゃん、どうせ汗だくなんだし」
「はあ……まあいいか、っておい」
「ほらほら、提督もおいでよ」
一直線に川の中へ入っていったかと思うと、俺に向かって真っすぐに水を飛ばしてくる鈴谷。川のほとりで水遊びなんて本当にいつぶりだろうか、なんて思うよりも先に。
「お前、覚えてろっ」
「提督になんか負けませーんっ」
ばしゃばしゃと蝉にも負けないほど大きな音が川から上がり始めた。