京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

『深海棲艦ノ由来ニツイテ』

一部を黒塗りにしております。

 

0

 提督に研究仲間はいるのですか。

「多くは自ら手を引いていったよ。不気味だからかな。彼らは学者としてどうかと思うよ。知りたくないのかってね。そういえば1人相当やる人がいたんだけど,彼は……」

「突然死んだよ。何も残さずにね。知りすぎて軍部により消されたというロマンチックなウワサが立ったが,話によると自ら命を絶ったほうらしいね」

「本当に意味が分からない。手放すなんて意味が分からない。彼がせめて死ぬ前に結果を書き残してくれていれば,今の私の研究も大きく変わったのだがね」

 


 

「艦隊,帰還しました」

「ご苦労」

 その鎮守府は異様な気をまとっていた。戦果をあげており,軍事研究にも長けた鎮守府───それがここの外からの評価であった。もちろん過酷な出撃を課しているわけでもなかった。ただ艦娘と提督の間に『壁』があったのだ。

「土産があると聞いた」

「はい。撃破した敵主力の旗艦をほぼ完全に持ち帰っております」

「姫級であったと聞いたがよく持ち帰ってくれた。苦戦しただろう」

「はい。駆逐の姫級でした。手ごわい敵ではありましたが……何というのでしょうか。諦めというか,いまいち言語にできないのですが,こちらを倒す強い意志を感じられなかったのですよ」

「ふむ,戦意喪失といったところか。興味深いな。早速私の部屋にもっていってくれ」

「はい」

 この鎮守府の提督は深海棲艦の研究を行っていた。大学のときの専攻は解剖学で,特に深海棲艦の取り扱いになれていた。軍の上層部も一目置く男であったが,同時に恐怖の対象ともなっていたのである。

 


 

1

「提督,██,帰還しました」

「ご苦労」

 なかなかの激戦でした。北部に出現した敵艦を撃破する任務でした。やはり敵には後がなかったのか,主力が集った模様で複数回の撤退の後,ようやくの撃破となったのです。やはりこの鎮守府は装備が充実しています。労働環境が良い,ホワイト鎮守府というのでしょうか。しかし───

「こちら,敵旗艦の兵装です」

「これは……高角砲の類か……うむ5inchか……? 海外製のものに近いものがあったように思える。うむ,私の部屋に運んでおいてくれ」

「はい」

 この通り,提督が異常なのです。そう,マッド・サイエンティストというのでしょうか。

「やはり深海棲艦は艦娘の艤装に近いものを用いているな……。取り残されたものを改装しているのだろうか……その場合フィットがどうか……」

 提督は既に自分の世界へ入っていました。深海棲艦を研究する提督はほとんどいません。もはや今や提督だけと聞いた気もします。あたりまえでしょう。

 狂っているのですが,しかしどこか憎めない。不思議な方です。

 


 

「やはり姫級とだけあって練度が高かったのだろう。実にしっかりとした筋肉だ。しかし既視感のある艤装だ。ここの鎮守府が由来なのかもしれない。工廠に解析を頼もうか」

 工廠には,彼のような変わり者はいない。

「この傷は……魚雷が命中したように見える。確か報告書は……」

『──による連撃により撃破』

「ふむ。報告書を読む限り魚雷が命中したわけではないらしい。うーむ,古傷が開いたようにも見えなくはないな。戦意喪失はこの傷が大きな要因と見ることができそうだ」

 


 

2

「提督,失礼します。もう日付が変わります。お休みになった方が───」

「……」

 どうも聞こえていないみたいです。いつもこうなのですから。しかし沼から引き上げるのも秘書艦の役目,こういうときはこう───

「っ!」

実力行使に限ります。

「提督。今23時52分です。もうそろそろお休みください」

「なんだ君か。いいところであったのに……仕方ないな」

 提督は変人です。その異常さは自らの信条を厳守するというところから来ているのだと思っています。例えば私が秘書艦になるときこのように言われました。

『私は研究に関して少々暴走気味なところがある。特に睡眠時間を削りがちだ。君には私を意地でも止めてもらう。研究行為を止めさせるのが君の役割の1つだ。たとえ君が研究中の私を止めるために何をしても不問とする。そうだな……科学に誓おう』

 事実私は様々なことをしきましたが,お咎めはありません。私は駆逐艦でそこまで力が強いほうではないからか,ほどよくハマるようです。

「相変わらず容赦がなくてよろしい。戦艦を秘書艦にしなかったのは勇断だったかもしれない」

 そう言われると提督は部屋の片隅からあるものを持ってきてくれました。

「これは敵艤装から見つかったものだ。少なくとも深海棲艦由来ではなさそうだ。たまたま紛れ込んだのだろう。これを君に」

 それは美しい石でした。深い青色の石でした。普通であれば,たとえ無害であったとしても普通深海から見つかったものを艦娘に渡すことはしないでしょう。

「まるで君の瞳のようだ」

 しかし,提督の笑顔は透き通ったもので,その子供のような笑顔を見ると拒否できないのです。提督が憎めないのはこの笑顔があるから。この人はいつまでも子供のままなのです。そういうところが魅力なんですね。

 


 

「提督,艤装の解析が終わりました」

「ご苦労」

「こちら報告書です」

 彼は明石から報告書がひったくるように受け取り,早速文字と数値の海に潜る。その表情はさながら新品の図鑑を与えられた少年のようであった。

「艤装を指定の場所に置いておきます。また艤装から不思議なものが発見されました」

「ふむ。あとで確認する。艤装とは分けておいてくれ」

「はい」

 報告書を速く深く読むことは彼の得意技であった。深海棲艦自体からはこれ以上情報が得られず,解析が止まっている最中の報告書ということもあってか,相当なペースで報告書がめくられていく。

 明石はそっと部屋を出た。今や彼を止める者はいない。

 


 

3

 提督の朝は早いです。6時には起きられます。やはり毎日私が日付が変わるころに声をかけているおかげでしょうか,朝は時間通りです。8時の朝礼まで提督は部屋にこもられて研究をされます。もちろん朝礼前に提督を呼ぶ役割は私に課せられています。

「もうそろそろ8時だな」

「おや今日は自らいらっしゃったのですね」

 大変珍しいことです。明日は雪でも降るのでしょうか。

「いまいち新たな発見が得られなくてね」

「スランプですか。提督の知的欲求が攻めあぐねるとは」

 ちょっと挑発的かもしれません。

「知的欲求ではない。私のものはただの欲望だよ」

 そういう提督の表情は誇らしそうに見えます。相変わらずですね。

「ところで君はたしか軍学校を首席で卒業したそうだね。スランプを克服したことはあるのかね」

 珍しいことを聞きます。弱気になっているのでしょうか。もしかしたらさっきの誇らしげな表情は空元気なのかもしれません。

「失敗は誰でもします。ですから私は失敗は赦されてしかるべきだと思います。しかし,1つ赦されない失敗があると思っております」

「ふむ」

「己の怠慢から導かれる必然的な失敗です。例えば試験勉強を怠っていることを自覚していながら,結局大した努力をせずに落第する。こうした失敗は赦されるものではないでしょう。未然に防げたのです。その上で『苦しい』とでもいうものならば,こう返します。身から出た錆───と」

「なかなか手厳しいな」

 だが,そういう君の真面目なところが良いのだよ。そう提督は笑っておりました。

「そんな優等生クンに次の任務を頼みたい。数日間の出撃となる」

「構いませんが,キチンと秘書艦代理の言うことを聞いてくださいね」

「もちろんだよ」

 その後の朝礼で新たな作戦が発表されました。私の役割は潜水艦への対策と空襲の対策です。これは私の十八番でして,こうした理由で作戦参加艦に抜擢されることは嬉しくてたまらないのです。

 


 

 明石はその『不思議なもの』に覚えがあった。それを提督が嬉しそうにある艦娘に渡していたことも知っていた。しかし明石はそのことを言わなかった。明石はいたって普通の感覚を持っているのだ。深海から来た物体など触れたくもないのだ。関わりたくないのだ。

 彼の優秀さは彼女が一番理解していたであろう。しかし,その信条は理解できなかったのだ。

 

「おっともう2時ではないか。不覚だ。もうそろそろ寝なければなるまい」

 彼は夕食も忘れ半日近く観察に夢中であった。もはや彼の研究の暴走を止めることができる者はいなかったのだ。ふと彼は明石の言葉を思い出した。

「最後の『不思議なもの』とやらを拝ましてもらおうか」

 


 

4

 本当に雪が降ってしまいました。

 

 しまった! 事前の情報ではここは潜水艦が多い場所───不覚だ。まずいです。これは───提督───!

 


 

 見覚えのある青色の石がそこにあった。あのとき渡した青色の石。

 

 


 

5

「提督! 緊急事態です!」

「何だね」

██───轟沈です!」

 


 

「私も年貢の納め時ということか。考えてみれば私は酔っていたのかもしれない。周りが腫物のように扱う分野を拓いているということに。間違ってしまった」

 もはや提督の表情から無邪気さは消えて,そこには深い深い絶望が刻み込まれていた。

「はははははは……」

 部屋には虚しい笑い声が響く。

「違う。俺はこうであることを分かっていたはずだ。決定的な証拠が上がっただけ。論文を書くんだ。ちゃんと残さなければならない。深海棲艦ノ由来ニツイテ,結論から述べると深海棲艦は……」

 

 朝日が差し込む時間となった。仕事を終えた男は窓を開ける。すると強い風が吹きこんできた。風は,男の頬を優しく撫でた。

「違うんだ俺は間違えていない怠慢なんてない。俺の指揮が間違っていたから沈んでしまったわけではないから仕方なかった」

 生物がどのように生息しているかを調べる手法として,調べたい種を収集しタグをつけた後,自然に戻し,再びその生物種を収集しなおすというものがある。

「命の冒涜ではない。科学に犠牲はつきものだ」

 バケツがひっくり返り,廃液を床に塗りたくった。男がバケツを蹴り飛ばしてしまっただけである。しかし彼にとっては,風からの最後通告であった。

「赦してくれ」

 再び彼はバケツを蹴った。

 


 

 戦争は終わった。1人の男が深海棲艦の由来を突き止めた後,作戦自体が大きく変更された。『兵糧攻め』を実行した後,深海棲艦を完全に沈黙させることに成功した。

 さて,その男が研究した施設の後には青色の石が展示してあるという。その美しさを様々な角度で見渡すことができるよう,石は天井からぶら下げられている。

 

 

 

あとがき

 企画発起人ののCuです。こんなはずじゃなかった。間違ったかもしれない。