京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

払暁

 クライ。クライ。


 真っ暗な、夜陰の、暗がりの中で呟く。


 ダアレ? ダアレ?


 人影が見える。問いかける声があった。答える声はない。


 アナタ。アナタ。


 だが、お願いだからそうあってくれという、強い強い願望はあった。


 味方、味方……?


 光が差す。夜が明ける。その中に、浮かんだのは———

 

 

「Good Morning! ほら、もう7 o'clockよ! 早く起きて!」

 声で、夢うつつで曖昧な意識が確固たる現実に引き戻される。目を擦りながらベッドから上半身を起こすと、朝日で眩いまでに輝く金髪に、星を映したかのように煌めく瞳を持ったルームメイトがこちらを見つめている。

「くぁ、もうそんな時間か……。Iowa、起こしてくれてThanks」

 声に出して答えることで、再度眠りに落ちそうな意識を何とか繋ぎとめる。ベッドから降り、思い切り伸びをして意識をきちんと覚醒させる。少し眠い事も含めて、いつも通りの朝だ。

「うなされてたみたいだけど、大丈夫? また、いつもの夢?」
「そうみたい……。ちゃんとは、覚えてないけど」

 思い出そうとすればするほど、夢の輪郭はぼやけてしまい、はっきりとした内容が思い出せない。一つ言えるのは、この鎮守府に着任してから1週間、ずっと同じ夢を見ているという事だけだ。アカシ曰く、深海棲艦から艦娘成った者によく見られる事例なんだとか。

「Meも同じようなことがあったけど、気が付いたら見なくなってたし、あんまり気にしなくてもいいんじゃない?」

 とは、アカシへの相談に同席していたIowaの言葉。それを聞いて以来、夢について積極的に考えるのは止めることにしている。

「じゃ、Meは秘書艦の仕事があるから先に行くわ。MorningはScrambleを作っておいたから食べてね」

 そう早口で告げて、こちらが行ってらっしゃいを告げる暇もないほど慌ただしく部屋から出ていくIowa。秘書艦というものは、そんなに忙しいものなのだろうか。そんな益体もないことを考えながら、Iowaの作ったScrambleを食べる。うん、美味しい。

「さて、今日は午前に演習が入ってるんだっけ……。午後にはいつもの出撃、と」

 呟いて、今日の予定を整理しながら、髪についた酷い寝癖を直すためにBathroomへと向かった。

 

 

『演習終了!』

 通信機から発せられたその声を聴いて、上方に向けていた両用砲を下ろし、安堵の息を吐く。今日のScoreは31機。まずまずの数字だな、と自己評価を下す。

「お疲れ様! 今日も流石の対空砲火だったな、Atlanta」

 陸に上がると、先ほどの通信と同じ声がねぎらいの言葉をかけてくる。鎮守府における演習全体の責任者であり、この鎮守府の筆頭秘書艦でもあるナガトだ。

「Thanks、ナガト。対空演習なら余裕、かな」
「うむ、それは良かった。さて、この1週間、どうだった? この鎮守府でやっていけそうか?」

 笑顔で、恐らくはこちらを気遣ってその質問をぶつけてくるナガトに、あたしは返事を躊躇ってしまう。それが顔にも表れていたのか、ナガトから心配そうな声が飛んでくる。

「……何か、不安な事でもあるのか?」

 その問いかけに、どのようにして答えるべきか迷う。誤解を生まないよう、慎重に言葉を選ばないといけない。あたしは新参者だから。

「不安というよりは、分からないんだ。うまくやっていけるのか。やっと何人かの名前を覚えてきたところだし、まだ会ったこともない娘だってたくさんいるから」
「それもそうだな。まあ、ゆっくり覚えてくれればいいさ。何か困ったことがあったら言ってくれ。できる限り協力しよう」

 それでは、と言って、執務室の方へ歩いていくナガトを手を振りながら見送る。新人への対応に手慣れているんだな、とそんな印象。そういえば、Iowaもここに来てすぐはナガトに世話になった、って言ってたっけ。

 それにしても、困ったこと、か。
 思い当たることは、ある。だがこれはナガトに、いや、この鎮守府にいる誰に相談してもしょうがないことだと判断していた。……流石に、そこまでナガトに見抜かれていたわけではないと思うが。
 ぐう、と腹の虫が鳴る音で、思考が中断させられる。時計を見ると、もう12 o'clockだ。Lunchにしようと決めて、Mamiya restaurantへと足を向けた。

 

 

 初めこそ気を張っていたけれど、1週間も同じ海域の哨戒をしていると慣れが生まれて余裕が出てくる。敵も代わり映えがしないし、いっそ退屈ですらあると言ってもいいだろう。流れ作業のように深海棲艦を殲滅するその手際は鮮やかで、艦隊の練度の高さを示していた。多少の被弾こそあったものの、全員大きな損傷無く鎮守府へと帰投する。

「艦隊、帰投です!」
「お帰りなさい、Operationお疲れ様! Dockは人数分用意してあるわ。Flagshipは先にAdmiralに報告よろしくね」

 出撃旗艦と秘書艦のやり取りを、ぼんやりと眺める。これも1週間で見慣れたものだが、今日に限っては新鮮な印象を受ける。Iowaって、こんなに真面目に仕事できるんだ……と、本人には絶対に伝えられない感想を抱く。

「Atlanta。ねえAtlanta, are you OK?」

 と、上の空なあたしを心配したのか、Iowaの方から呼びかけがかかる。どうやら他のみんなはDockに向かったようで、あたしたちの周りに人影はない。

「ん、No ploblem。Thanks, Iowa」
「なら良かったわ。そうそう、今日は仕事が長引きそうだから、Dinnerは先に食べててね」

 そんなやり取りを経て、あたしもDockへ向かう。夕食もMamiyaかな、何を食べようか。そんなことを呑気に考えていた。廊下の壁掛け時計は、Sixteen o'clockを指していた。

 

 

 17 o'clock。太陽は西に赤々と輝き、今にもキラキラと輝く水平線に沈もうとしている。空はOrangeとBuleがGradationになり、ところどころ夕日を反射して赤く輝く雲が浮かぶ。まるで一枚の絵のようで、いっそ非現実的にも見えるほど美しい光景だ。
 だけど、あたしの気分は太陽と同期するように沈み続けていた。空から輝かしいOrangeが駆逐されると、頼りない月に照らされただけの、闇に満ちた世界が来てしまう。———夜が、来てしまう。

 夜は、嫌いだ。敵も味方も、何もかもが黒く塗りつぶされてしまう。体と意識が自然と警戒態勢になる。己以外の何者も、信じることはできない。
 ふと、思い出すイメージがあった。どこからともなく、聞こえる声があった。


 クライ。クライ。


 真っ暗な、夜陰の、暗がりの中で呟く。


 ダアレ? ダアレ?


 人影が見える。問いかける声があった。答える声はない。


 アナタ。アナタ。


 だが、お願いだからそうあってくれという、強い強い願望はあった。

 味方、味方……?


 光が差す。夜が明ける。その中に、浮かんだのは———


 敵意? 敵ッ……!


 こちらを向いた、夥しい数の砲塔に、向かってくる魚雷の軌跡。


 消えて、消えろッ!


 あたしに攻撃してくる奴は、みんなみんな、沈んでしまえッ……!

 

 艦娘になったあたしに、こんな記憶に心当たりはない。ならば、艦の記憶か? それも違う。ところどころが不自然だし、そもそも無機物たる艦の記憶に、こんな生々しい感情が存在するはずがない。
 ならば、これは、つまり———


「あっ、やっと見つけたっぽい! ほら暁、行くよ!」
「ちょっ、待って夕立! まだ心の準備が……!」

 聞こえた声に、聞き捨てならない単語が含まれていて、反射的に振り向いてしまう。アカツキに、ユウダチだって……?
 だが、振り向いた先にいたのは、濡れたような黒髪と赤みがかった金髪の、年端も行かないちんちくりん2人だ。これが、あたしに致命傷を与えた、アカツキ? これが、Nightmareだなんて呼ばれる、ユウダチ……?

 先ほどのフラッシュバックに、思わぬ邂逅にと、あたしは混乱しっぱなしだった。だから、目の前の相手にもつい地が出てしまう。

「……てめえら、何しに来たんだよ」

 自分でも驚くほどドスの効いた声になってしまった。黒髪の方が震えてしまっている。

「ほら、急に声かけたから怒ってるじゃない! ここはいったん仕切り直して……」
「でも、ここで引いたらまた振り出しっぽい! ほら、行くよ!」

 2人で何やらコソコソ話していたようだが、結局こちらに来るらしい。金髪が黒髪を引っ張って、あたしの方に歩いてくる。

「始めまして。あなたがAtlantaさん、ってことでいいかしら?」
「……人に名前を聞くなら、そっちも名乗るのが筋じゃない?」
「確かにそうっぽい。失礼しました。私は白露型の4番艦、夕立です」
「と、特III型駆逐艦1番艦の、暁よ……」

 気圧されることなく堂々と名乗る金髪——ユウダチに、おどおどしながらもきっちり自己紹介をする黒髪——アカツキ。相手が律義に名乗ってきたのにこちらが無視するわけにもいかず、渋々名乗る。

「……Atlanta級防空巡洋艦1番艦、Atlanta」

 これで、会話を打ち切ってこの場を立ち去るのは難しくなってしまった。意図してやっているのなら、ユウダチは相当な策士だ。

「これから、よろしくね?」

 そう言って、ユウダチが右手を差し出してくる。あたしは、それを握り返すことなく、黙って睨みつける。

「……なにか、ご不満だったっぽい?」

 紅い瞳の奥に疑問を浮かべているユウダチ。その質問には答えず、逆にあたしの方から質問をぶつける。

「あんたらはさ、もしかしたらあたしが裏切るかも、とか少しでも思わないの? あたしたち、前は戦争してたんだよ? なんで、そんなに素直に、目の前にいる奴を信じられるのさ?」

 相手が歩み寄ってきたここで、よりにもよってあたしと直接敵対していた彼女らにそれを質問するのは、性格が悪いなんてものじゃないだろう。それでも、聞かずにはいられなかった。なぜ、かつての敵にそんなに馴れ馴れしく接することができるのか、と。

「……これで、納得してもらえるかは分からないけど」

 と、ユウダチの後ろに隠れていたアカツキが返答する。

「Iowaさんがここに着任する、って決まった時に、同じことようなことがあったの。元々は敵同士だったのに、うまくやっていけるのかって。その頃は深海棲艦が米軍を模してるんじゃないか、なんて憶測まであったくらいだから、今よりもっと拒否感は強かったかも。深海棲艦の手先かもしれないのに鎮守府に入れていいのか、って」

 アカツキの口から語られる、あたしが着任する前の、あたしの知らない鎮守府事情。

「だけどね、途中で気づいたの。そもそも私たち艦娘の大半は元を辿れば深海棲艦だったのに、軍艦だった頃の所属が違うからって仲間外れにするのはおかしいんじゃないか。元深海棲艦の艦娘がスパイかもしれないなら、そもそも私たち全員を改めて疑わないといけないんじゃないか、って」

 当たり前といえば当たり前だ。目の前の少女は、あたしより何年も長く艦娘をやっている猛者。

「だから、せめて私たち艦娘はそういう風に疑うのを止めよう、ってなったんだ。ただでさえ同じ国の出身がいなくて心細いんだから、せめて私たちは信じてあげようって」
「まあ、そういう事っぽい。それにね、もし仲間に背中から撃たれたら、後で思いっきり文句を言ってやればいいっぽい。それを言うために、生き残るために訓練して強くなろうとしてる。でしょ?」

 ……見た目で、侮っていたのかもしれない。彼女たちはあたしよりもずっと、艦娘として、強い。
 その真っ直ぐな主張に、こっちがウジウジしてるのが何だか馬鹿らしくなってくる。

「それじゃあ改めて。よろしくね、Atlantaさん」
「……よろしく、Nightmare」

 今度は、彼女の握手に応じる。

「むう、私には夕立っていうちゃんとした名前があるっぽい」
「あたしがあんたをどう呼ぼうがあたしの勝手でしょ」
「……むう」

 Nightmareは明らかに納得のいかない表情をしていたが、反論がないのでそちらは無視する。アカツキの方を向き、今度はこちらから手を差し出す。

「よろしく、アカツキ
「……よ、よろしくお願いします……」

 アカツキとも、握手。

「ふうー、何とかなって良かったっぽい。さ、親睦を深めるために、夕食を一緒に食べに行くっぽい!」
「ちょ、制服の裾を引っ張るなNightmare! アカツキも逆側をしれっと引っ張るな!」
「Nightmareって誰のことっぽい? 私は夕立っぽい~♪」
「にゃろう……!」

 こちらの話を聞く様子は微塵もなく、強引に話を進められる。さっきの感動を返して欲しい。
 ……日本の駆逐艦は、やっぱり苦手だ……!

 

 

 21 o'clock。消灯にはまだ早い時間だが、あたしはBedに横たわっていた。夕食の後、Nightmareとアカツキに長時間質問攻めにされて、疲れた。Nightmareはともかく、アカツキもあんなに積極的に絡んでくるなんて思わなかった。Showerは浴びたし、今日はもう寝よう。

「あたしのことを信じる、か……」

 本格的に眠りに落ちるまでの僅かな時間の間に、アカツキからかけられた言葉を思い出す。
 日本の駆逐艦は苦手だし、味方だってすぐに心から信用出来る訳でもない。
 でも、それでも。

「あたしもいつか、あんな風に誰かを、信じられるようになるの、かな……」

 そう呟いたのを最後に、あたしの意識は急速に遠のいていった。

 

 クライ。クライ。


 真っ暗な、夜陰の、暗がりの中で呟く。


 ダアレ? ダアレ?


 人影が見える。問いかける声があった。答える声はない。


 アナタ。アナタ。


 だが、お願いだからそうあってくれという、強い強い願望はあった。


 味方、味方……?


 光が差す。夜が明ける。その中に、浮かんだのは———


「もう、遅いっぽい! 遅すぎて置いていこうかと思ったっぽい」
「だけど、レディーたる私が待つように言ったの。褒めてくれてもいいのよ?」


 そう言って、こちらに手を伸ばす2人。
 その声に、思わず笑みが零れる。笑いながら、彼女たちの手を取る。さあ、一緒に、前に進もうか。

 


「Good Morning! 今日は何だかご機嫌そうね。いい夢見れた?」

 普段とは違う、さっぱりとした寝覚めのいい朝。もう起きていたIowaに尋ねられて、

「そうだね、まあ、悪くない夢だった」

 夢の中と同じように、微笑みながら答える。昇る朝日の光が、あたしを照らしていた。

〈了〉

 

 

 

 

 

 

(文:多々良マワリ)