京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

蜃恋

私は指輪をもらえなかった。

私、村雨が着任したのは鎮守府の黎明期で、まだ艦娘が10人もいない頃だった。とにかく初めは大変だった。何せ人手がまるで足りない。出撃に演習に遠征と働き詰めで休む暇も殆ど無かった。けれど今思い返すと慌ただしいこの頃が一番楽しかった。
鎮守府にも慣れてきた頃、私はキス島撤退作戦の旗艦に抜擢された。初期艦の電さんや最新鋭の島風を差し置いての大抜擢に初めは戸惑ったけれど、提督さんの信頼の証だと思うと何だか嬉しくなった。大変な任務だったけれどだからこそ完遂した時の達成感と安堵 感はひとしおだった。
着任から1年ほどたった頃、私にも改二が実装された。新しい制服に新しい艤装、これで提督のために頑張れると思うと嬉しかった。改装の影響でオッドアイになってしまって驚いたけれど、提督にその眼も素敵だと褒められたのでそれも悪くないかなと思えた。
それから色々なことがあった。イベントでは対地装備を積んでフィニッシャーを任されたり、姉妹たちと秋刀魚漁船団の船団護衛をしたり、峯雲さんと邂逅できると聞いて張り切って旗艦に志願してみたり、それから——

薄暗い灯りが、私を現実に引き戻す。色鮮やかな日々は幻と消えて、広い部屋に私は一人、ベッドで横になりぼーっと天井を眺めている。
 
私は提督に選ばれなかった。金剛さん、鎮守府最初の戦艦にして歴戦の猛者たる彼女を提督は選んだのだ。強く、凛々しく、美しく、さらには提督のみならずみんなからの信頼も厚い。長らく秘書艦を務め、重要な作戦では決まって旗艦に任命される金剛さんが指輪をもらうことが先日発表され、先ほどまでケッコン式と披露宴が行われていた。いつでも明るく提督Loveを全面に押し出す彼女だ、提督が指輪を渡すのも納得できる。納得できるが、それでも、かなわないと初めから分かっていたとしても——
「指輪、もらいたかったな・・・」
諦めなければならないのに、諦めるしかないというのに、そんな言葉が口をついてしまう。金剛さんのケッコンが発表されてからというもの、私も関連する様々な任務に引っ張り出されて精も根も尽き果ててしまった。と同時に大きすぎる虚無感に苛まれるようになっていった。楽しかった日々も提督さんとの思い出も、この鎮守府の仲間のことも、さらには自分自身のことでさえも、全てが色褪せた空虚なものに思えてしまう。ケッコン式もそうだ、2人を素直に祝福できる訳でもなく、かといって悲しくて涙が出る訳でもなく、ただ形式的な儀礼が進むのを淡々と眺めているような、そんな気分だった。
「まあ、もうどうでもいいか……」
自暴自棄ともとれるような言葉が口から漏れる。私は灯りも消さずに布団に潜る。妙に人肌が恋しくなった。

翌朝、私は一人工廠に来ていた。今日の出撃の前に工廠に来るよう提督に言われていたのだ。提督さんが見慣れない装備を持ってくる。あれは、酸素魚雷
「六連装酸素魚雷、その試作型だ。実戦データを取ってきて欲しい。頼んだよ。」
私は小さく頷くと装備を取り付ける。いつもより増えた魚雷の重さが心地よい。こんな私でも提督さんの役に立てるなら、少しくらいは頑張ってみよう。決意を新たにして私は工廠を出ていった。
港湾に出ると既に私以外のメンバーは揃っていた。旗艦の金剛さんを筆頭に加賀さんや電さんなど歴戦の艦娘ばかり6隻。金剛さんのケッコンに伴う特別任務を任せられた艦隊だ。
「大変な任務だろうが、ともかくみんな無事に戻ってきてくれ。」
「大丈夫ネー、私たちに任せるネー。」
提督さんの訓示に金剛さんが明るく返す。みんなの見送りを受けながら私たちは出撃した。

道中の敵が存外強い。倒しても倒しても、次から次に現れる。金剛さんを筆頭にみんな頑張って戦っていたが、それでもじわじわと削られていく。そうしてたどり着いたボス前、私たちの前に現れたのは敵の戦艦部隊だった。疲弊していた私達は敵戦艦の火力に抗えず、一気に総崩れとなってしまった。

村雨、被害状況はどんな感じネー?」
「私は小破で堪えていますからまだ戦えます。だけど、他の4人は中大破していて戦闘継続は困難かと……。」
戦場海域から一時離脱した私たちは島影に息を潜めている。とはいえこのままでは敵に見つかるのも時間の問題だ。
「金剛さん、これからどうしますか?」
私が問いかけると、
「……仕方ありまセーン、ここは撤退しまショウ」
任務に対して特に思い入れが強いのだろう、金剛さんは苦しげにそう答えた。
「だけど、逃げると言ってもどうするの?私たちのこのダメージでは逃げ切るのも容易ではないわ。」
加賀さんが訊く。それに対して金剛さんは即答した。
「私が殿を務めマース」
「まさか、旗艦の貴女自ら殿を務めるというの。危険すぎるわ。」
加賀さんの驚きを艦隊全員が共有していた。加賀さんが何か反論しようとする。が、先に口を開いたのは金剛さんだった。
「今一番被害が少ないのは私デース。それに、私ならそう簡単に沈みはしまセーン。」
金剛さんの主張は正しい。実際、金剛さん以上の適任はいないのだろう。誰も反論できない。だが
「……ダメです。」
私だけは、それを受け入れられなかった。
村雨?」
怪訝そうな顔をして加賀さんが問いかける。
「金剛さん、殿は私に任せてください。」
「ダメネ!貴女も怪我をしてる、無茶は危険ネー!」
「怪我といってもかすり傷程度です、戦闘には支障ありません。それに——」
話しながら、思考がどんどん冷えていくのを感じていた。私は続ける。
「それに、金剛さん、貴女には、貴女の帰りを待ってくれている人がいる。貴女が沈んだら、悲しむ人がいる。貴女は沈んではならない、生きて提督のところに、帰らないといけないの。」
村雨、アナタ……」
金剛さんは何かを言おうとして口を開きかけた。しかし私の目を見て、金剛さんも覚悟を決めたようだ。
「分かりました、村雨、アナタに殿を任せマース。」
私は大きく頷いた。
「必ず生きて帰ってきてくださいネ、沈むことは許しまセーン。」
そう語りかける金剛さんに私は
「はい」
とだけ、心にもない返事をした。
戦場から私以外の5隻が離脱する。
「サヨナラくらい、言っておけばよかったかな……」
遠ざかる彼女たちの背中を見つめながら、私はそんな言葉を零した。後ろを向き直る。背後には私たちを追撃し、海の藻屑としようとする敵艦が6隻。私の役目はここで敵を食い止め、金剛さんたちが港に逃げ帰るための時間を稼ぐ捨て石となること。
「さあて、村雨、いっきま〜すか!」
自らを鼓舞するように声を出し、私は敵に向かっていった。

数的には圧倒的に不利な戦い、それでも煙幕を張りながらの一撃離脱戦法により何とか足止めを行えていた。いや、きっとそれ以上の戦果を挙げていた。六連装酸素魚雷、出撃前に提督さんが託してくれた装備は極めて攻撃力の高い酸素魚雷を一度に6本も発射することが出来る。煙幕に隠れての奇襲雷撃、またばら撒いた魚雷によるラッキーヒットも相まって6隻いた敵は戦艦と重巡の2隻にまで減っていた。とはいえこちらも全くの無傷という訳ではない。受けたダメージが少しずつ蓄積して段々と動きが鈍っていくのが分かった。そして更に悪いことに、魚雷が底を突いた。駆逐艦の主砲だけで重巡や戦艦を沈めることは困難極まりない、というよりほぼ不可能に等しい。
「これは万策尽きたかしらね……」
ふとそんな言葉が口から出てしまう。いや、まだ闘えるはずだと首を振る。まだ主砲弾は残っている。それも尽きたなら機銃や体当たりで応戦すればいい。いずれにしても沈むまで戦い続けないと——
「しまった!」
いつの間にか足元まで魚雷が迫っていた。慌てて回避行動を取るが、間に合わない。
「ああっ!」
魚雷が命中する。轟沈だけは回避したが機関部をやられた。これではもう、動けない。
「やるだけ、やったよね……」
私は膝をつく。提督さんから渡された酸素魚雷の発射管が目に入った。今の魚雷でこちらもダメになってしまったが、いずれにしてもデータを持って帰る約束は果たせそうにない。
(悪いことしちゃったな……)
心の中で提督に謝る。と同時に私の周囲に水柱が立った。敵戦艦の砲撃が夾叉したらしい。
「白露姉さん、ごめんなさい、姉妹たちをよろしくお願いします。時雨姉さん、すいません、後は任せます。夕立、ごめんね、こっちにはゆっくり来るのよ。春雨……」
2度目の夾叉。敵は確実に照準を合わせてきている。恐らく次は命中するだろう。名前を呼びたい人に対して、残された時間はあまりにも少なすぎた。多くの候補を切り捨てて、最期にどうしても名前を呼びたい人を2人だけ選んだ。
「峯雲さん、1人にしてしまってごめんなさい。提督……」
目を閉じる。透き通った心で、ずっと封印していた思いを解き放つ。
「大好きでした。さようなら……」
敵戦艦がこちらに照準を合わせている。穏やかな気持ちで数秒後に訪れるカタストロフィに身を委ねようとして——
敵戦艦の周囲に大きな水柱が立った。
「……え!?」
驚いて後方を振り返る。はるか後方に味方戦艦と思しき艦影が見えた。戦艦の標準的な交戦距離ではない。あんな遠方から夾叉させる練度を持った戦艦は、鎮守府に1人しかいない。
村雨!大丈夫ですカ?」
通信機から声が聞こえてくる。聞き間違えるはずもない、聞きなれた声とその英語なまりは
「金剛さん!?どうしてここに!?」
「撤退中に救出部隊と合流できまシタ!撤退するみんなの護衛を任せて私たちは貴女の救出に向かうことにしたネー!」
「そうじゃなくて!」
私は声を荒らげる。
「金剛さんは私と違って絶対に提督の元に帰らないと行けないんです!危険を犯して捨て石の私の元に戻って来ちゃいけないんです!」
村雨、それは違うネー。」
金剛さんの優しい声が私に刺さる。金剛さんは諭すように続ける。
村雨、アナタは私には帰りを待っている人がいると言ったネ。けれどそれは私だけじゃない、誰にだって帰りを待っていてくれる人がいる。そしてそれは、アナタにだって例外じゃないネ、ホラ。」
刹那、私の後方から2つの人影が切り込んできた。風にたなびく桜色の長髪と真っ白なマフラー。そしてもう1人、濡れ羽色の髪と長い三つ編みが揺れている。
「夕立、時雨姉さん?どうして……」
2人は敵戦艦に突撃する。敵も即座に主砲で応戦するが2人は怯まない。相手に肉薄して主砲や魚雷を叩き込む。
「2人ともあなたの事が心配だったのデスヨ」
その声は通信機ではなく私の後方から聞こえてきた。
「撤退中にこの辺りを哨戒していた彼女たちを見つけマシタ。あの2人は事情を話すと直ぐにアナタのところに飛んで行ったのですヨ。」
振り返る。そこには金剛さんと、少女がもう1人。
「時雨と夕立だけじゃない、彼女もまた、あなたのことが心配で駆けつけてくれたのですよ。」
 金剛さんは隣を一瞥する。そこには
村雨さん、無事でよかった。さあ、一緒に帰りましょう」
かつて共に戦った、姉妹ではないけれど、しかしながら特別な縁で繋がれた大事な戦友、峯雲さんが私に手を差し出していた。
村雨、後は任せるネー!」
金剛さんが敵に向き直る。じっと敵をにらみ、通信機を掴んで夕立と時雨姉さんに指示を出す。
「敵戦艦の足を止めてほしいネー!」
「了解!」「了解っぽい!」
通信機越しに元気のいい声が聞こえてきた。二人は敵戦艦を挟むように肉薄する。夕立と時雨姉さんの対応に追われ、こちらへの意識が途切れた一瞬を金剛さんは見逃さなかった。
「Fire!!」
轟音が耳を劈く。放たれた砲弾は敵戦艦目掛けて飛んで行き、見事命中した。大きな爆発音と巨大な火の玉を残して敵戦艦は沈んでいった。

敵を倒した私たち5人は母港に帰る。動けない私は峯雲さんに曳航されての帰投となった。母港では多くの艦娘たちが私たちの帰りを待っていた。
艤装を外し陸に上がると、すぐに提督が走ってきた。
村雨、大丈夫か!?」
そうだ、ダメにしてしまった新装備のことを謝らないと。
「提督、ごめんなさい。新装備は——」
言いかけた言葉が、途中で止められる。私は、提督に抱き寄せられていた。
「君が沈むんじゃないかと、それだけが本当に怖かった。生きて帰ってきてくれて、本当に、ありがとう……!」
その瞬間、私を縛り付けていた呪縛が、音を立てて崩れたような気がした。私のことを大切に思ってくれている人がいる。私のことを心から心配してくれる人がいる。誰からも必要とされず、私が生きている意味さえ分からない、そんな幻を写していた灰色の世界が音を立てて崩れ、世界が鮮やかな色を取り戻したような、そんな気がした。
「あ……うぁ……」
呪縛から解放された安堵感、仲間がいる安心感、そして提督の温もり。様々な感情が奔流となって湧き上がる。私のキャパシティを超えた感情が嗚咽となって現れる。
「ごめんなさい、提督……、新装備、壊れちゃったの……。」
「そんなことはいい。君が無事に帰ってきてくれた事が何よりだ。」
提督が頭をなでる。私は提督の胸に顔を埋めて泣いていた。他の人たちの注目が集まる。金剛さんは複雑そうな、何かほほえましいものを見るような笑みを浮かべている。けれどそんな衆人環視の目は気にならなかった。今だけは、提督の温もりを感じていたかった。

 

 

(文:古明地ステラ)

 

 

 

 

 

 

 

あとがき


古明地ステラと申します。普段はとある星の名前を名乗っている金剛と山風推しの一般人です。艦これ以外だとアズレンや麻雀を嗜んでいたり、あとは東方アレンジ音楽やライトノベル細音啓さん箱推し)なんかも好きです。

この話のテーマは「届かないもの」です。どうしても欲しいものがあり、それが決して手に入らないことを知ってなお諦められない。願望と現実との葛藤で疲弊し自暴自棄になってしまう少女を書いてみました。普段は明るい村雨のちょっと暗い一面が表現できていれば幸いです。

この話を書き始めたとき、実は主人公を誰にするか全く決めていませんでした。というのもシナリオが先に振ってきたので、まるでドラマの配役をするような格好になってしまったからです。結局、自分の好きな村雨にするか史実的に殿が似合う初月にするか悩んで前者と相成った次第です。

最後に蛇足にはなりますが、この作品を書くきっかけとなったのは、「あ~るの~と」さんの『LOVESOPHY幻想郷恋唄』です。その名の通り恋をテーマにした優しい曲の数々は必聴です。皆様もコーヒー片手に癒されてみてはいかがでしょうか(ダイマ)。

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