京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

京都大学艦これ同好会は、艦これを通じてオタクとの交流を深める緩いコミュニティです。普段はラーメンを食べています。

ラムネ色は透明

ラムネ色は透明

 

「あなた、徹夜したでしょ」

 

 炎暑にうだるような八月某日、今日の秘書艦はあたし、天津風だった。時刻はマルロクマルマル、朝が早い艦娘でもまだ支度をしている時間だというのに、提督は夏の朝特有の爽快感と不快感がない交ぜにされたこの執務室で、一人書類に向かっている。最近は深海棲艦による大規模な侵攻が行われていないため反転攻勢に出るように……だったか、数週間前の指令が下ってから、誰の目が見ても明らかなほど彼は根を詰めすぎていた。

 

「はは、流石天津風、なんでもお見通しみたいだな。少し仮眠をしたから大丈夫、執務に影響はないよ」

 

 目の下にそこまでくっきりしたくまを作っていたら、嫌でも分かるわよ――そう抗議してやりたくなったが、提督は既に書類へと注意を戻し、あたしが声をかける前と寸分変わらぬ真剣な表情で何かを考えこんでいる。この仕事馬鹿め。口をついて出そうになる言葉を慌てて抑え込み、代わりに朝食の要望を訊いてみる。四回目の生返事を貰ったところであたしは完全に諦め、静かに執務室を後にした。もういい、絶対に美味しいって言わせてみせるんだから。

 

「うん、すごく美味しい。この調子なら今日の仕事も頑張れそうだ」

 

 思えばこの人があたしの料理を食べて美味しいと言わなかったことがあっただろうか。いつも通りの見ていて気持ちが良くなるほどの食べっぷりで、あたしが腕によりをかけて作った朝食はあっという間に平らげられた。

 

「それはそれで作り甲斐が無いわね……」

 

「ん?」

 

「何でもない、それより、はい」

 

 食後のデザート……というには少し物足りないかもしれないが、あたしは先ほど冷やしておいたそれを取り出し、提督に渡す。

 

「おお、ラムネか! 懐かしい、小さいころによく飲んだ覚えがあるよ。駆逐艦の小さい子たちが飲んでるのを見て、密かに羨ましいと思ってたんだ。って、うわっ」

 

「わっ」

 

 結露で滑りやすくなっていたのだろう、大きな、けれどあまりごつごつしていない手からするりとこぼれ落ちた瓶を、すんでのところであたしは掴む。

 

「まったく、気をつけなさいよ」

 

「ごめん、ごめん……ごめんついでに、チリ紙を少し取ってくれないか」

 

 提督は書類が万一にも汚れないよう机を丁寧に片づけた後、チリ紙を数枚重ね、そのうえでラムネを開けた。キュポン、という大きな音の後に遅れて、しゅわしゅわと小気味いい音が耳に入ってくる。あたしはこのラムネを開けるときの音が苦手だった。その重厚さは似ても似つかないはずなのに、どうしても海上で聞こえてくる砲声を連想してしまうのだ。それでも盛大に濡れてしまった手を照れ臭そうに見せつけてくる彼を見ていると、あたしを穏やかな気持ちにさせてくれる砲声なんてものも存在するのか、と少しおかしくなってしまった。

 

「やっぱり美味い。……炭酸は弱くなってるけどな」

 

「少しは童心に戻ることができたかしら?」

 

「もちろん、戻りすぎて天津風のことがよく行ってた駄菓子屋のおばちゃんに見えてきたくらいだ」

 

「もう、そういうことじゃなくて……」

 

「はは、そう眉間にしわを寄せてると本当におばちゃんになるぞ? ……なんてな。ありがとう、充分すぎるくらいリラックスできたよ」

 

 そう言われてしまうと、あたしとしてはもう何もできることは無い。もとよりこの仕事馬鹿から仕事を取り上げて休ませるなんてことはできやしないのだ。マルナナサンマル。食器を片付け再び執務室に戻った時には、提督は元の真剣な様子で書類とにらめっこをしていた。相変わらず消えないままで存在している彼のくまを見ていると胸の奥がもやもやしてくる。あたしも秘書艦として気合を入れなおさなければ……と、手始めに閉めきられたままだった大きな窓をそっと開いた。そよ風が部屋の中を優しく駆け回ったが、その生暖かさが今日も厳しい暑さになることを告げているようだ。

 

「……熱いな」

 

「そうね、毎日こんな暑いと参っちゃうわ」

 

「そうじゃなくて、天津風の手が」

 

「手? ……あたしの?」

 

「さっきラムネを落としそうになった時さ、思ったんだよ。熱いなって」

 

「……あなたの手が冷たすぎるんじゃないの?」

 

 確かにあたしはボイラーの温度が高いから、他の子と比べたら体温が高い。提督はそのことを言っているのだろうか。窓枠を指でなぞりながら振り返ると、子供のような顔をした彼と目が合った。 

 

「これ、今じゃもう甘すぎるみたいだ」

 

 ずい、と差し出されたラムネを思わず受け取ってしまう。その時指先に触れた彼の手は、確かに、びっくりしてしまうほど冷たかった。

 

「さーて、なおさら頑張らないとな……」

 

 もう提督はこれ以上何かを言うつもりは無いのだろう。そう察したあたしは再び窓の外へと向き直った。少し強すぎる光に目を細めながら、瓶の中の液体を一気に喉の奥へと流し込もうとしたが、中に入っているビー玉に阻まれ、数滴の液体だけがあたしの舌を濡らす。

 

「……あたしにも、甘すぎるわ」

 

 もう一度吹いたそよ風が、そんな呟きを夏の彩度に溶かしていった。

 

あとがき

どうも皆さんはじめまして、赤白イブです。またの名をhishoと申します。天津風ちゃんはとても可愛いので天津風ちゃんのお話を書きました。お出掛けmodeの天津風ちゃんを見てください。それがあたしの望みです。では。