京都大学艦これ同好会 会員の雑記ブログ

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arctanの小噺

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 どうもCuです.

kukancolle.hatenablog.com

 前回このような数学の記事を書いたのですが,これの最後に「次回はMachinの公式について書きます」と書いていたため,書きます.割と大雑把に書いているため,もう少し厳密に表現すべき箇所がいくつかありますがご了承ください.

Machinの公式って?

 Machinの公式とは,\arctanを用いた等式です.詳しく述べると,

4 \arctan \dfrac{1}{5} - \arctan \dfrac{1}{239} = \dfrac{\pi}{4}

というものです.すごいですね.美しいです.自然数の逆数を\arctanに代入したものを並べると\dfrac{\pi}{4}になっています.同じようなものに
\arctan \dfrac{1}{2} + \arctan \dfrac{1}{3} = \dfrac{\pi}{4}

2\arctan \dfrac{1}{2} -\arctan \dfrac{1}{7} = \dfrac{\pi}{4}

2\arctan \dfrac{1}{3} +\arctan \dfrac{1}{7} = \dfrac{\pi}{4}

というものもあります.さてこのような数式は他に存在するのでしょうか.今回扱うのは簡単な場合のみですが考えていきましょう.

k \arctan \dfrac{x}{y} - \arctan \dfrac{1}{z} = \dfrac{\pi}{4}

という形を考えましょう.なお,ここでx,yは正整数とします.またxyは互いに素であるとします.実はk,x,yを定めると\dfrac{1}{z}は一意に定まります.これは極めて簡単な計算で,
 
\begin{align}
\arctan \dfrac{1}{z} &= k \arctan \dfrac{x}{y} -\dfrac{\pi}{4} \\
\dfrac{1}{z} &= \tan \left( \arctan \dfrac{1}{z} \right) \\
&= \tan \left( k \arctan \dfrac{x}{y} -\dfrac{\pi}{4} \right)
\end{align}

とできるからです.また,これをさらに計算すると,
 
\begin{align}
\dfrac{1}{z} &= \tan \left( k \arctan \dfrac{x}{y} -\dfrac{\pi}{4} \right) \\
&= \dfrac{\tan \left(k \arctan \dfrac{x}{y} \right) - 1}{\tan \left( k\arctan \dfrac{x}{y} \right) + 1}
\end{align}

であり,数学的帰納法を用いることで\tan \left( \arctan \dfrac{x}{y} \right)有理数であることは従うため,\dfrac{1}{z}は必ず有理数になることが分かります.Machinの公式の同様の式を探していくので,特にx=1zが整数であるケースを考察していきます.

k=1のとき

 計算すると,


\begin{align}
\dfrac{1}{z}&=\dfrac{\dfrac{x}{y} - 1}{\dfrac{x}{y} + 1}\\
&=\dfrac{x-y}{x+y}
\end{align}

となり,x,yが互いに素であることからx-y,x+yも互いに素です.よってx-y=\pm 1になることになります.特にx=1であるときはy=2,0になります.よって先ほど述べた
\arctan \dfrac{1}{2} + \arctan \dfrac{1}{3} = \dfrac{\pi}{4}

のみだと分かります.

k=2のとき

 みなさんご存じの\tan 2\theta =\dfrac{2 \tan \theta}{1-\tan^2 \theta}を用いると,


\begin{align}
\tan \left(2 \arctan \dfrac{x}{y} \right) &= \dfrac{2 \tan \left(\arctan \dfrac{x}{y} \right) }{1-\tan^2  \left(\arctan \dfrac{x}{y} \right) }\\
&= \dfrac{2 \cdot \dfrac{x}{y}}{1-\dfrac{x^2}{y^2}}\\
&= \dfrac{2xy}{y^2-x^2}
\end{align}

となります.これを代入することで,

\begin{align}
\dfrac{1}{z} &= \dfrac{\tan \left(2 \arctan \dfrac{x}{y} \right) - 1}{\tan \left(2 \arctan \dfrac{x}{y} \right) + 1}\\
&= \dfrac{\dfrac{2xy}{y^2-x^2}-1}{\dfrac{2xy}{y^2-x^2}+1}\\
&=\dfrac{x^2+2xy-y^2}{-x^2+2xy+y^2}
\end{align}

を考えることになります.ここで考えるべきはx^2+2xy-y^2-x^2+2xy+y^2の最大公約数です.これをdとして,x^2+2xy-y^2=da,-x^2+2xy+y^2=dbとすると,d(a+b)=4xyとなります.x,yが互いに素であることを考えると,d=1,2,4となります.さらにd=4のときは簡単な議論でx,yが共に偶数になり,互いに素の仮定に反するので,d=1,2が得られます.

d=1のとき

 このときはx^2+2xy-y^2=\pm 1が満たされることになります.この式を変形すると,(x+y)^2-2y^2=\pm 1となります.これはPell方程式というものになります.X=x+y,Y=yとしましょう.(1+\sqrt{2})^n =a_n +b_n \sqrt{2}とおくとき,(X,Y)=(a_n,b_n)と表されます.例えばn=2のときは(X,Y)=(3,2)(x,y)=(1,2)のケースが得られます.なお,他のnのときにx=1になることはありません.はじめのほうにnで得られる式を載せておきます.

2\arctan \dfrac{1}{2} -\arctan \dfrac{1}{7} = \dfrac{\pi}{4}

2\arctan \dfrac{2}{5} -\arctan \dfrac{1}{41} = \dfrac{\pi}{4}

2\arctan \dfrac{5}{12} - \arctan \dfrac{1}{239} = \dfrac{\pi}{4}

2\arctan \dfrac{12}{29} -\arctan \dfrac{1}{1393} = \dfrac{\pi}{4}

 これを見ると,前の分母にある数が次の分母にきていることがわかります.これは簡単な計算で示すことができます.

d=2のとき

 同様にX,Yを定めましょう.このときX^2-2Y^2=\pm 2となり,X^2は偶数になります.この時Xもまた偶数になるため,X=2X'とすると,方程式は4X'^2-2Y^2=\pm 2となります.こうしてY^2 - 2X'^2=\pm 1に帰着できます.この場合はx=1になることはありません.はじめのほうにnで得られる式を載せておきます.

2\arctan \dfrac{1}{3} +\arctan \dfrac{1}{7} = \dfrac{\pi}{4}

2\arctan \dfrac{3}{7} -\arctan \dfrac{1}{41} = \dfrac{\pi}{4}

2\arctan \dfrac{7}{17} + \arctan \dfrac{1}{239} = \dfrac{\pi}{4}

2\arctan \dfrac{17}{41} -\arctan \dfrac{1}{1393} = \dfrac{\pi}{4}

 先ほどと似たようなことが起きていますね.

k=4のとき

 k=2のケースのうち,4\arctan \dfrac{x'}{y'} = 2\arctan \dfrac{x}{y}となる場合を求めます.
f:id:kukancolle:20210501235926p:plain
 このような直角三角形を考えてみましょう.赤い角が\arctan \dfrac{x'}{y'},青い角が\arctan \dfrac{x}{y}にあたります.x',y'が整数であるケースを考えたいのです.\mathrm{AB}=x,\mathrm{BC}=yに対応します.求めるものは\mathrm{BD}有理数である状況になります.\mathrm{BD} = \dfrac{\mathrm{AB}}{\mathrm{AB}+\mathrm{AC}} \mathrm{BC}になります.これが有理数になるには,\mathrm{AC}有理数であればよいことになります.これをまとめると,\mathrm{AB},\mathrm{BC},\mathrm{CA}ピタゴラス数のケースになりますね.
 結局求めるべき方程式はx^2+y^2=m^2(mは整数)となります.

d=1のとき

 -x^2+2xy+y^2=1x^2+2xy-y^2=zの両辺を2乗してそれぞれ辺々足し合わせると,2(x^2+y^2)^2=1+z^2が得られます.x^2+y^2=m^2を代入することで,2m^4=1+z^2(z,mは整数)という方程式になります.この解を調べることでk=4,d=1を調べることができます.
 この方程式はLjunggrenの方程式というもので,解が(z,m)=(1,1)(239,13)(負の整数も解を満たしますが面倒なので書きません.)のみであることが示されます*1.これにより求める場合は

2\arctan \dfrac{5}{12} - \arctan \dfrac{1}{239} = \dfrac{\pi}{4}

由来のもののみで,これはまさにMachinの公式
4 \arctan \dfrac{1}{5} - \arctan \dfrac{1}{239} = \dfrac{\pi}{4}

になりますね.

d=2のとき

 同じことをしましょう.-x^2+2xy+y^2=2x^2+2xy-y^2=2zの両辺を2乗してそれぞれ辺々足し合わせると,2(x^2+y^2)^2=4(1+z^2)が得られます.同じくして2m^4=4(1+z^2)が得られ,偶奇に注意するとm^4が偶数,mが偶数が得られます.m=2m'とすると,8m'^4=1+z^2が得られます.z^2を8で割った余りは0,1,4のいずれかになるので,1+z^2が8の倍数になることがなく,方程式の解がないことがわかります.結局d=2を満たすものはないとわかります.

kが8以上の偶数冪のとき

 k=4のときに用いた手法を思い出すと,1^2+5^2が整数の2乗になることになりますが,これは明らかに偽です.こうしてk=8の例がないことが従います.これ以上のケースも同じく存在しないと分かります.

おわりに

 いかがでしたか?(まとめサイト風)
 kが奇素数のときについて言及しませんでしたが,この場合は存在しないことを示すことができます.kが奇素数を因数に含むケースが存在するのならば,その因数となる奇素数のケースが存在することになります.奇素数のケースが存在しないことを事実として認めれば,奇素数を因数に含むケースが存在しないことがわかります.これによって,

k \arctan \dfrac{1}{m} + \arctan \dfrac{1}{n} = \dfrac{\pi}{4}

はこの記事の最初に書いてあるケースのみだということが分かります.
 今回は\tanの加法定理をメインに証明をしましたが,複素数を用いて証明することができ,そちらのほうが議論が見やすいです.詳しく知りたい方は
tsujimotter.hatenablog.com
と読んでみてください.

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*1:これの証明には代数的整数論の基礎的な知識が必要となるので詳しく触れません.